第295話 幕引きと幕開け

 事件発生から6ヶ月。今日、トムが逮捕された。4日前から行方不明になっていた少女が、突然警察にやって来てトムの居場所を告げたのだ。


 8人目の犠牲者になっていたかも知れないその少女は、居場所以外、トムと過ごした4日間については一切、警察に話すことはなかったらしい。


 捕まった男は、僕が想像していたよりもしょぼくれていて、とてもあの凶悪犯罪を犯した人物とは思えなかった。


 こんなことを言ったらエルザさんに叱られてしまうが、はっきり言って期待外れだった。


 白髪混じりのボサボサ頭。中年太りの猫背。黒縁めがねの向こう側の目には、なんの狂気も感じられない。


 僕はこの男がトムだとは思えなかったが、男の家からは、今回の事件に関する物的証拠が次々と発見された。


 こうしてプランツの犯罪史上と、全国民の記憶に、生々しい爪痕を残した最狂最悪の連続殺人事件は不思議な幕引きとなった。





 ───12年後




 僕はエルザさんのいた会社に今も勤め続けている。クズの多い会社だが、一端の社会人になるというエルザさんとの約束をここで果たす為に頑張って働いている。


 もちろん、毎日帰宅前のレッドブルーを欠かすことはない。


 プシュ!


「エルザさん、今日もお疲れ様です」


 ゴクリ


 いつものように自販機横の長椅子に座り、レッドブルーを飲んでいた時のことだ。僕の隣、エルザさんが座っている場所にひとりの男が腰掛けた。


「ちっ」


 僕とエルザさんの時間を邪魔しやがって。めがねをかけたスラリとしたサラリーマン。誰だこいつ? 見たことないな。不愉快な気持ちになった僕は、飲みかけのレッドブルーを持ったまま帰ろうと立ち上がった。


「まだ、こちらにお勤めだったのですね。ホラーバッハさん」

 

 男が声をかけてきた。僕の名前を知っているだと? 仕事関係の人か? いや、僕はこんなヤツは知らない。


「あの、すみません。僕、あなたを存じ上げないんですけど……」


「失礼。こういう者です」


 僕は、僕のことを知る謎の男と名刺交換をした。やはり手にした名刺にはまったく知らない名が記されていた。



 『ハンス・エルリッヒ』



「エルリッヒさん、ですか。僕になにか用があったのですか? こんな時間に会社に来られるなんて」


 エルリッヒは、僕にもう1度座るように長椅子を右手でポンと軽く叩いた。僕は仕方なく座った。エルリッヒは僕を見ることなく、淡々と話を始めた。


「12年前のあの事故現場に、僕は偶然 居合わせたんですよ」



 この男、なにを言いに来たッ!?


 

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