第294話 あなたのいない世界
検死の結果、エルザさんを轢き殺した大型トラックの運転手は、事故を起こす前に既に、くも膜下出血で死亡していたらしい。僕のこの怒りの矛先はどこに向ければいいんだ。
「くそっ……」
3日後。エルザさんの葬儀が終わった。遺体との対面は叶わなかった。遺体の損傷が激しく、遺族が配慮したんだ。僕はそれでもいいからエルザさんのかわいい手を握りたかった。
さよならなんて言わない。だって僕は、これからもずっと、あなたのことが大好きな人間なんですから。
『見習うべき人を失う』
それは僕の仕事による疲労とストレスを何倍にもした。退社前、いつもの自販機横の長椅子に座ってレッドブルーを飲んだ。横にいるはずのエルザさんはもう、いない。
実はあの日、僕はトラックに引きづられてグチャグチャになったエルザさんから飛び出た内臓の一部をその場で手に取り食べた。大好きなエルザさんとひとつになりたかったから。
僕は雨に濡れ、涙を流しながらエルザさんを咀嚼して飲み込んだ。自然と勃起していた。数少ないエルザさんとの思い出が、血の味と共に蘇る。
『そーなんだ。よしよし、偉いぞ。一端の社会人になるんだじょ。よしよしっ♡』
僕の頭を撫でてくれた、あの手の温もりと、あなたの笑顔に報いる為にも、僕は一端の社会人にならなくてはいけない。そう心に誓った。
翌日。僕の耳に給湯室で話している女子社員たちの会話が聞こえてきた。エルザさんのことを話しているのが分かったので僕は通路で立ち止まった。
「エルザ、かわいそうだったね」
「でも、あの死に方はないわ」
「トラックにグシャってねぇ……」
「内臓も脳ミソも飛び出ちゃったんでしょ? うげぇ……」
「葬式の時、棺の中どうなってんの? ってマジで怖かったもん」
「さすがに顔は見れなかったね」
「いやいや、見せる顔もなかったんじゃない? ズルズルでさ」
「そんなにミンチなら、先に火葬済ませてあったかもね」
「おえっ、気持ち悪くなってきた。ランチがまずくなるからもうやめよ」
「まっ、エルザも運が悪かったってことだね」
「そうそう。雑用を笑顔でやってくれるからさ、すごい助かってたんだけど、次の雑用係を誰にするか……」
「あれはなかなかのヒットだったもんね。いっつも笑っててさ。楽させてもらったよ」
「そうね、来世はもうちょっとかわいく生まれ変われるといいね」
「心よりお悔やみ申し上げますう」
「そうね。ブスで長生きするより来世に期待した方がいいかもね!」
「ねえ、ちょっと! あんたたち酷くない? あはははっ!」
僕はその場でそいつら全員殴り殺してやろうかと思った。でも、エルザさんが耳元で言うんだ。
『ダメだよ。私はいーの。あんな人たちに惑わされちゃだめ。ホラーバッハ君は立派な社会人になるんだから。ねっ?』
「はあ、はあっ……!」
僕はその場から走り去った。そして自販機でレッドブルーを買って一気に飲み込んだ。
「エルザさぁん! 僕はどうすればあっ! うわああっ!!」
涙が溢れて止まらない。手の震えが尋常じゃない。あなたを失ったこの世界は、あまりにも……腹立たしい。
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