第290話 トム
黒翼の闇の能力者アダルハード・ホラーバッハは、事故死した人間の名前をノートに綴ることで自分の生を実感するのだいう。ネル・フィードはそんな彼に問う。
「内臓のない女性の遺体を貨物列車に轢かせているのは、あなたで間違いありませんね?」
ホラーバッハは美しい金髪を掻き上げながら、ネル・フィードを見つめた。その瞳からはバキバキ感が消え失せ、まるで少年が崇拝対象を見るような穏やかなものになっていた。
「ネル・フィードさん。あなた実に好感が持てますね。言葉に血が通っている。僕のような腐った人間の目には、あなたの姿がとても神々しく見えるわけですよ」
「いい加減に質問に答えろ」
ネル・フィードのその声は、いつもより低く、ビリビリとした威圧感を帯びていた。それはアイリッサも驚く程のものだった。
「ああ、眩しいなぁ。分かりましたよ。お答えします。そう、すべて僕のしたことです。女を殺して内臓を食べて、線路に置いた。これでいいですか?」
「分かった。あなたは嘘つきではなさそうだ。信じます」
ホラーバッハは軽い溜息をつき、じっと右手を見つめる。
「でも、内臓を食べたのは僕じゃないんですよ。さっきこの右腕に出てきてたでしょ? バジリスクの餌なんです。4日に1度は食事を与えないと僕を食べようとするので仕方がないわけなんですよ」
「さっきの
「ええ。僕自身、以前は人肉を食してみたいという衝動にかられたこともありました。ここプランツで12年前に起きた連続幼女誘拐殺人事件の影響が大きかったと思います」
その犯罪史に克明に刻まれた、身の毛もよだつ最狂最悪な事件のことをアイリッサはもちろん覚えていた。
「し、知ってる! 私が中学生の時に起きた事件。その時は犯人が捕まるまでひとりで外に行くことは許されなかった。確か7人の子供が犠牲に……」
「……7人」
(そんな
ホラーバッハはネクタイを緩め、楽しい思い出でも話すように、表情がさらに生き生きとしだした。
「その事件の犯人トム。僕は彼を心の中で尊敬していた。警察の、さらに世間の目をもかいくぐり、7人もの少女を誘拐して殺すという偉業を成し遂げたんですからね!」
「偉業の意味が分かっていないようだな。そのトムがやったのは ただの非人道的行為だ。褒められたものではない」
「価値観は人それぞれなんですよ。しかもトムは少女の肉を喰らい、残った骨は遺族の家の前にきちんと手紙まで添えて返したんですからね。なんて優しい人なんだと感動しましたよ」
ホラーバッハの狂った価値観をおとなしく聞いていたネル・フィードだったが、怒りと共に溢れ出そうなダークマターを抑えるのも、そろそろ限界を迎えようしていた。
「ホラーバッハ。そろそろおしゃべりの時間は終わり……」
「そうだ! 優しい人で思い出したことがありますよ。本来の自分とはなにか、自分らしい生き方とはなにか、それに気づかせてくれた出来事なんですけどね」
「本来の自分?」
そのフレーズを聞いたネル・フィードの頭には、あの人物しか思い浮かばなかった。
『あなたはとても運がいい』
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