第287話 歯が痛い

 くんくんくんっ!



「来る、悪魔の臭い! どこ?」


 アイリッサが捕らえた悪魔の臭い。それがどんどん濃くなりながら3人に近づいてきている。


 辺りを見回しても人の気配はない。


「そ、空っ!?」


 飛んでいる可能性もある為、上空も見回すが、翼の男はいない。



 ガサリッ!



 そこへ、グレーの高級スーツを身をかためた男が、角を曲がって3人に近づいてきた。右手にはブランド物のビジネスバッグとコンビニのビニール袋をさげている。伏し目がちながらもその視線は、自宅前の3人に確実に向けられていた。


「ネルさん、あの人。間違いなっしんぐ」


「そうですか。鉢合わせたか……!」


 ネル・フィードはどうにかして、みちのあかりをこの場から遠ざけたかった。噂通りの凶暴的人格ならば、真っ先になんの能力もない彼が殺されかねない。


 180センチを越える長身、スポーツマンのようなガタイ。緩いパーマのかかったアンティークゴールドの髪。写真で見たよりも年は上のように見える。30代半ばだろうか。オリーブグリーンの瞳がさらに3人をいぶかしげに見つめる。


 突如として現れた闇の能力者に言葉を失うネル・フィード。すると、悪魔の臭いを漂わすその男が、3人に声をかけてきた。


「お客さんですか? めずらしいな。僕を訪ねてくる人なんて」


 いかつい見た目に反して、優しく、穏やかな口調。口元にはかすかな笑み。あの凶悪的犯行を行った黒翼の闇の能力者とは一見思えない。


「今日は私用がありましてね、仕事を早退したんですよ。で、あなた方は僕になんの用があるんですか?」


 力の抜けた中にも警戒心を含んだ男の声に、ネル・フィードは間をあけることなく返事をした。間があけばあくほど男の警戒心が高まり、攻撃を仕掛けてくる確率も上がるからだ。


「単刀直入に聞きます。あなたはパウル・ヴァッサーマンから悪魔の力を授かった闇の能力者ですね?」


 ネル・フィードの包み隠すことのないストレートな問いに、眉ひとつ動かすことなく、飄々ひょうひょうとその男は答えた。


「すごい。なんで分かったんですか? 不思議だなぁ。エルリッヒさんから連絡は受けてたけど。僕たち能力者をがいるって」


「狩っているのではなく、悪魔の力をはらい、元の人間に戻しているだけです」


「そうですか……ふあぁ」


 男は大きなあくびをしたかと思うと、内ポケットからバーバリーの名刺入れを取り出し、3人に名刺を手渡し始めた。


「僕の名前はアダルハード・ホラーバッハ。あなた方は?」


「私はアークマーダー・ネル・フィード。名刺はありませんが」


「私はアイリッサ……」


 予想外の自己紹介に意表を突かれ、敵の能力がどんなモノかも分からない状態で本当の名前を言ってしまった2人だったが、今のところ体調などに変化はみられない。


「そこのカメラマンさん。お名前は?」


「み、みちのあかりだ……」


 それを聞いたホラーバッハは、暫く黙りこむと顔をしかめ、口を開いた。


「歯が痛いなぁ……」


「え? 歯?」


 みちのあかりはホラーバッハの言うことの意味が理解できずに聞き返した。


「僕はですね。に嘘をつかれると、歯がシクシクと痛むんですよ。たまらなく……」


 ブオンッ!!


 ホラーバッハの右腕が一瞬で伝説の蛇王じゃおうと化したッ!


覇蛇壊滅波バジリスク・ディストラクションッ!!』


 ズバァッ!!


 ぶしゅうううううううっ!!


「うっ、うがあっ……!!」


 ホラーバッハの右腕のバジリスクが、一瞬でみちのあかりの頸動脈を鋭い牙で噛み切ったッ!

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