第267話 FRISK必須の男

 コツ、コツ、コツッ


 その人物は螺旋階段を降りてネル・フィードの前にやって来た。


 小濱宗治が描いたという可憐。それが闇の能力により具現化され現れた。


「な、なんてかわいいんだぁ♡ キャンバスの中でしか会えなかった可憐にこうやって実際に会えるなんて♡ やっぱり僕の無限階段の異空間インフィニット・ステアケースは最高だぁ♡」


 可憐はセーラー服に身を包み、長い黒髪にぱっちりとした優し気な瞳。華奢な体躯たいくに気の弱そうな物腰。それでいて、その眼差しは真っすぐで、けがれを知らない。


 しかし、その顔は醜く歪んでいた。


 ネル・フィードは思わず目を逸らしてしまいたい衝動に駆られた。


「ヒャッハー☆ よく見てくれよ! 僕の可愛い可憐をさぁ! あんたも醜いものからは目を逸らすのか?」


『いや。逸らしませんよ。あなたが美しいと感じるものを否定はしない』


「ふ〜ん。を認めてくれるってのかよ。あんた、意外といい人な」


 小濱宗治は、可憐に近づき頭を撫でながら言った。その顔はとても柔和で、悪魔とは程遠く見える。


『小濱君、パウルの野望、それに加担するのをやめてはもらえませんか?』


 ネル・フィードはそんな小濱宗治にダメ元で言ってみた。


「それはさぁ、僕にと言っているのと同じってことに、あんたは気づいてんのかなぁ?」


 可憐を愛でながら穏やかな顔だった小濱宗治の表情が一変した。


『落ち着いて聞いて欲しい。エルリッヒは人の本質を見抜く』


「ああ。それで?」


『そして、そこにつけ込み悪魔の道へとひきづり込む……』


「なにが言いたいんだよ?」


『君の寿命が本当にあと数日なのかは分からない。でも、人は誰しも限られた命の中で輝こうと懸命に生きるものだ。違いますか?』


 カシャカシャ!


 小濱宗治は、ボディバッグからFRISKを取り出しネル・フィードにすすめた。


「ほら。食いなよ」


『私は大丈夫ですよ。いりません』


 ネル・フィードのその返答に、小濱宗治はさらに苛立ちを露わにして話し出した。


「さっきも言ったけどさぁ、僕はとか言う甘ったれたボケと同じレベルで、カッコつけ野郎が嫌いなんだよ」


『私はカッコつけてる訳ではありませんよ。君には自分の運命に負けないでもらいたいだけです。悪魔の力だとかディストピアだとか、それこそ甘えなんですよ』


「なんだとぉっ!?」


『君には確固たる信念があるはずだ。悪魔の力なんてなくても、本来の自分で、道を切り開こうと思っていたんじゃないですか。君は強い人間なんです。違いますか?』


 カシャカシャッ!


 小濱宗治はさらにFRISKを手に出すと一気に口に放り込んだ。


「臭え、臭え、臭えッ! 臭えんだって! カッコつけ野郎があっ! マジでぶっ殺してやる!!」


『ダメですか……』

(悪魔の力は本来の生き方に作用しているわけじゃない。弱さにつけこんでいるに過ぎない!)


「さあ、可憐! あの美しいお兄さんをボコボコにして、さらに美しくしちゃってよッ!」


 可憐がネル・フィードを睨みながら前に出てきた。


「うきゃあっ! ボクサツゥッ!!」


 ガチンッ!


 可憐は両手にめたメリケンサックをかち合わせて戦闘態勢に入った。


『これは参りましたね。お強そうだ』


 ネル・フィードは女、子供とは戦えない。やられるしかないのか?


 後半へ続く。

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