第261話 可憐


 『美の判断基準』


 それは人によって異なるが、僕のそれは、格段にレベルが違った。





 🌙




 僕は生まれつき、みんなが汚いと思うものを美しく感じた。小学4年の時、授業中にクラスメイトの女子が体調不良により嘔吐してしまうということがあった。


 クラス中がドン引きの中、僕だけはその吐瀉物としゃぶつを美しいと思ったんだ。担任の教師と一緒に、率先して吐瀉物の片付けをした。


 教師からは誉められたが、クラスの中では変わり者あつかいされた。嘔吐したその女子は、クラスの中でブスと呼ばれていじめられていた子だった。


 でも僕は、その子の事が大好きだった。クラスの中で一番かわいいと思っていた。でも、周りは彼女のことをブスと言っていじめている。


『このズレは一体なんなんだろう?』


 自分が周りの人間とはと、はっきり意識したのはこの頃。僕はそんな中、彼女に好意があることを伝えた。我慢の限界だったんだ。


 ということが、さらに僕を焦らせた。ブスと言われ、いじめられている彼女はを聞いたら喜んでくれるはず。彼女に自分を認めて欲しかった。さらに自分で自分を認めてあげたかった。







「小濱君、。私みたいなブスになに言ってるの? からかってるよね? 罰ゲームでしょ? うざい。あっちいって!」


 僕の初恋は呆気なく消えてしまった。それと一緒に植えつけられた『僕は変わっている』という事実。


 『うざい』


 『あっちいって!』


 好きな子の口から放たれたこの言葉は、小学生の僕の自尊心をぶっ壊すには十分な破壊力を秘めていた。


 この出来事により、僕はこの異常感覚について、誰にも言わないことに決めた。親にも友達にも。想像以上の孤独感が、その後の僕を襲った。


 思春期を迎えても、僕の美醜逆転は治らない。周りと見え方が違うということは、かなり疲労する。誰にも気づかれないようにすればするほど、それは倍増した。


 友達とアイドルのコンサートで盛り上がったり、家族旅行で風光明媚な場所を訪れたり、よい思い出になるはずの一コマも、僕には苦痛な記憶の方が色濃く残る。


 アイドルよりもの方がよっぽど美しいし、観光名所の風景よりもに心を奪われる。


 そんな僕が唯一落ち着けたのは、キャンバスに向かい絵を描いている時だった。美醜逆転脳を持つ僕の独特な色彩感覚は、高校にあがると高く評価され始めた。


 絵画コンクールで入賞するまでになったものの、どの絵もモチーフはごく一般的な物。万人受けする美しい風景や人物を描き続ける日々。受賞の喜びは色褪せ、僕の感性や才能は、声にならない叫びをあげていた。


 僕が描きたいのは、みんなが美しいと思うような景色や人物じゃない。みんなが顔をしかめ、避けて通るようなを描きたい。


 高校の3年間、そんな衝動を抑えながら、周囲が求める『小濱宗治の絵』を描き続けた。疲れ切った僕は自由を求め、逃げるようにディーツに留学。絵画の勉強に真摯に打ち込みながら、僕はあるプロジェクトを始動する。


 その名も可憐プロジェクト。半年を費やし、僕はついに完成させたんだ。


 『可憐かれん』を。


 可愛く、美しい少女を描いた。その作品はみんなに絶賛されたが、僕がその絵に込めた本当の情熱は誰にも分からない。当然ながら僕の『可憐』はバドミールハイム自由大学が運営する美術館に展示されることになった。


 僕が今まで描いた絵の中でも最高傑作、それが『可憐』だ。美術館に『可憐』目当てで訪れる人間も数多くいた。


 『よーく見ろッ!』


 この世の中にはお前らには見えない美があるということを知るがいい。僕の見ている世界を、お前らのつまらない常識で汚すことは許さない!


「我ながら、よく描けた」


 『可憐』の晴れ舞台をを見届けた僕は美術館を出た。すると、ひとりの男が声をかけてきた。





「君の可憐、なかなかアバンギャルドじゃないか」


 その男、名をエルリッヒと言った。

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