第258話 現代アート

 バドミールハイム自由大学裏の路地。車2台がすれ違える程の幅。道の両脇には等間隔で街路樹が植えられ、道の向こう側には大きな池もあった。


 小濱宗治に近づいていく2人。


 一歩近づくごとに、アイリッサの嗅覚はさらに強くなる悪魔の臭いを感じ取る。


「こんにちは」


 ネル・フィードがにこやかにキャンバスに向かう小濱宗治に話しかけた。


「こんにちは。なにか?」


 首まわりが軽くダメージ加工された臙脂えんじのロンTにキレイめのジーンズ。ニューバランスの白いスニーカーを履いたどこにでもいそうな普通の青年。だが、長く伸びた髪は整えられてはおらず、目の輝きにもどこか異様さが漂う。


「ここの大学の学生さんですよね?」


「ええ。そうですが」


 突然声をかけてきた男に、やはり警戒する小濱宗治。そこですかさずプリティーお姉さん、アイリッサの出番である。


「私の弟もここの学生なの。現代アートにも力入れてるって聞いてたから、少し貴方の描いてる絵が気になっちゃって! なに描いてるのかなあ? 見てもいい?」


「そうなんでしたか! どうぞっ! 見てやってくださいっ!」


 アイリッサの明るい口調とキュートな笑顔。小濱宗治もつられて笑顔になった。やはり、コミュ力ではネル・フィードはアイリッサには到底敵わない。


「どんな素敵な絵なのかなぁ〜♡」


 アイリッサはドキドキで回り込み、キャンバスを覗き込んだ。


「僕の最近ののモチーフなんですよ。どうですか? 是非、感想をお聞きしたい」


 小濱宗治の絵を見たアイリッサの顔は完全に引きつっていた。


「え、ええとー、こ、これって?」


「アイリッサさん、どうしました?」


 ネル・フィードはアイリッサの表情から、ただならぬ事態を感じ取ったのだが、ただ絵を見ただけ。一体なにが起きたのか、理解に苦しんだ。


「分かりませんか? 分かりますよねぇ? そこに描かれているものがなんなのか。あなたの口からお聞きしたい。さあっ! 言ってください。大きな声で!」


 アイリッサの顔が、なんともいえない表情になり固まり始めた。


「う、あの……」


「なにを恥ずかしがっているんですか? さあ、言ってくださいっ! お願いしますよっ! 僕のアートをあなたも認めてくれないんですかっ?」



 『僕のアートを認めてくれない』



 小濱宗治が悲しげに発したその言葉に、アイリッサの感情は今までなく熱く燃え上がった。これはアート。アートなんだと。恥ずかしがっている自分が恥ずかしい。情けない!


 アイリッサはキャンバスに描かれているを、大きな声で叫んだ!



















「う、うんち─────ッ!!!!」








「ア、アイリッサさん?」


 ネル・フィードは我が耳を疑った。


 小濱宗治は頬を赤らめ、完全に興奮状態。アイリッサを見つめる目には、クレイジーな花が咲き乱れる。


「あは、あはははっ! お姉さん、あなた最高だ! そう、僕の一番お気に入りのモチーフ。それはなんですよ」


「い、言っちゃったあ。で、でも、アートですもんね? 現代アート!」


「そうですよ。僕はうんこの見せる様々な表情を、この真っ白なキャンバスに無限に表現したいんです! 日々、世界に誕生する星の数ほどのうんこ。同じ物はひとつとしてない!」


「そ、そうですね。確かに!」


「今日だってあなたのかわいらしいお尻の穴から、出ましたよね?」


「えっ!?」


「あなたのような美しい女性からだって、ひどい便秘でない限り、毎日うんこは出るんです。違いますか?」


「は、はい。美しい私からも、毎日うんち出ちゃいます……」

(ネ、ネルさんの前でこんなこと言わせないで。いやん♡)


「ちなみに、ここに描かれているのは犬のうんこなんです。そこにあるでしょ? 飼い主が処理しなかった犬のうんこ」


 小濱宗治が指差す先、街路樹の根元には確かに犬のうんこがあった。


「あっ! あれですか。まったく、本当にペット飼う資格ないですよね〜」


「まぁ、その辺も含めてアートではあるんです。社会風刺といった側面もアートにはあるので」


「社会風刺ね! アートっぽい!」


「僕はお姉さんのうんこが描きたい。協力してはもらえませんか?」


「わ、私のを!?」

(きょ、今日はもう出ないかも♡って誰が描かすかいっ!)


「これはなかなか大変な闇の能力者だ。私には現代アートはまったく分からないな……」


 ネル・フィードは困っていた。

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