第256話 クレイジーな奴

 『バドミールハイム自由大学』


 バドミールハイム自由大学はここディーツのバドミールハイムに所在する総合大学。世界大学ランキングでは58位に位置し、大学における研究は自然科学の諸分野と並んで社会科学、人文科学に重点が置かれ、芸術、特に現代アートの分野にも力を入れている。


 大学名に『自由』と銘打っているだけあって、勉学や活動はかなり自由に行われている人気の大学だ。


 ネル・フィードとアイリッサは行き交う学生たちに次々と声をかけていった。生徒は20,000人近くいる。当然なかなかジャポンの留学生の知り合いには当たらない。


「ジャポンの留学生の人、どこにいるか知らない?」


 アイリッサが少し色っぽい声で話しかけたのは、ヒョロリとした真面目そうなメガネ君。探し始めて30分、ついにヒットした!


「知ってますけど。宗谷そうや神寺かんでら、それと小濱おはま。たまに3人でつるんでますけど」


「わお♡ どこにいるのかな? 会いたいんだけど」


「宗谷と神寺は授業中だと思います。今、会えるのは、小濱でしょうね」


「小濱君か、ちょっと待っててね♡」


「えっ、はい」


「おーい! ネルさーん! 今からひとり会えるってー!」


 アイリッサに呼ばれ、ネル・フィードが小走りでやって来た。さらに詳しく話を聞こうとする2人に対し、その学生はあまりいい顔をしない。


「あの、ジャポンの留学生に会いたいのなら、クレイジー小濱以外の2人に会った方がいいと思いますけど」


 ネル・フィードとアイリッサは目を合わせ、はずむ期待を込めて小濱という人物について尋ねた。


「クレイジー小濱? なにがそんなにクレイジーなのかなあ?」


 メガネ君は顔を歪め、口ごもりながら小濱について話し出した。


はま宗治むねはるは、とても真面目でいい奴だったんです。でも、なぜか最近クレイジーになっちゃったんですよ」


「最近? どうしちゃったのかな? その小濱君は……」


「そもそも彼は、ここへアートを学ぶ為に遥々はるばるやって来たんです」


「アート?」


「ええ。彼のクラシックとモダンの融合した斬新な作風、独特な色彩感覚、大胆かつ繊細な筆使い。それらは尊敬するに値していました」


「なのに、クレイジーになっちゃったの?」


「小濱に一体なにが起きたのか。僕は悔しいんですよ。あの才能が消え失せてしまったことがっ!」


 メガネ君は声を荒げた。そんな彼をなだめるようにネル・フィードが声をかける。


「君、落ち着いて。教えてくれてありがとう。で、その小濱君にはどこに行けば会えるのでしょうか?」


「あのクレイジーに本当に会うんですか? やめたほうが……」


「お願いします。会わなくてはいけないんです」


「分かりました。小濱は大学の裏にいるはずです。会ってもなんの徳もないし、不愉快なだけだと思います。それを承知で行って下さいね」


 そう言うと、メガネ君は足早に校舎へと歩いて行ってしまった。


「ネルさん。ひょっとして?」


「ビンゴの可能性、ありますよ!」


 2人は言われた通り、最近クレイジーになってしまったというジャポンの留学生、小濱宗治に会う為、大学裏の路地へと向かった。

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