第252話 バイセクシャル
ボコボコにされていたハイドライドを救う為、ネル・フィードは自分を好きなだけ殴ればいいと、その大男に提案した。
「俺は元格闘家だぜ。俺の本気のパンチを喰らったら、マジであの世行きだぜ?」
「あの世? それは実に興味深い。連れていってくれますか?」
鼻血まみれで這いつくばっていたハイドライドが、その会話に驚き顔を上げた。
「ばかやろっ! そいつはマジでやばい奴なんだっ! 本当に殺されるってッ!」
「ハイドライドさん。あなたが言います? まったく」
「ちっ、るせぇ……」
元格闘家の大男、反則技を多用する危険な人物として格闘技界から追放されたという経歴を持つ。
「と、言うことだ。少しは俺のヤバさと怖さが分かったか? ネル・フィードちゃんよ」
「スポーツマンシップのない、ただの野蛮なゴリラってことですね?」
「なんだとおっ!?」
「あまり知性も感じられませんし、筋肉を手に入れて図に乗ってしまったエテ公。と、お呼びした方が相応しいでしょうか?」
「ぷひひ! エテ公!」
つい笑ってしまったアイリッサ。
結構タイプだった女の子に笑われてしまい、大男の怒りは頂点に達したっ!
「許さねぇっ! ネル・フィードッ! くたばりやがれぇっ!!」
ズゴッ!!
エテ公の重いパンチがネル・フィードの顔面にめり込む。
「し、死ね、よ! おらぁ……」
エテ公は一撃で分かった。自分のパンチは『普通の人間』が何事もなかったかの様にニヤつきながら立っていられるレベルのパンチ力ではない。
にも関わらず、目の前の男はニヤつき、微動だにしない。その場に何千年も根を生やし、高く
「そ、そんなかわいいもんじゃねぇ! こ、こりゃあ規格外の巨大な鉄柱だ。お、俺には倒せねぇ……!」
エテ公はうなだれ、力なく地面に両手をついた。
「んなアホなっ!?」
ハイドライドは、エテ公の意気消沈ぶりを見て信じられない様子だった。
「エテ公とはいえ、元格闘家。すぐに私のヤヴァさに気づいてくれましたね。意外と賢いじゃないですか」
「あんた、ただもんじゃねぇ。世界獲れるぜ……!」
エテ公はネル・フィードを見上げながら言った。
「私はそういう目立つことに興味はないんですよ。それより、あなたの弟さんの治療費ですが、私がちゃんとお支払いしますので……」
エテ公は素早く立ち上がった。
「いや、いらねぇっすわ。先に手を出したのは弟だからな。おい! ハイドライドッ!」
「な、なんだ……?」
「今回のことはなかったことにしてやる。契約も今まで通り継続しといてやるよ」
「ほ、本当か……?」
「お前のお陰ですげぇ人に出会えたからな。なにがあったか知らねぇが、お前ごときがネル・フィードさんにちょっかい出すんじゃねぇ! 分かったか?」
「分かったよ……」
元格闘家、エテ公は去って行った。
「さて、じゃあアイリッサさん行きましょう」
「私、お腹ぺこぺこです……」
ネル・フィードとアイリッサも、ハイドライドになにも言わずに立ち去ろうとした。
「まっ、待てッ!」
が、ハイドライドがそれを許さなかった。
「なんですか? ハイドライドさん」
「あ……き……」
「? なんですか?」
「兄貴っ!! 俺、あんたに惚れたぜッ!!」
「ぷひぃっ!! ハイドラ君っ! 君はバイセクシャルだったのぉっ?」
「アイリッサ。俺は君の事が好きだった……」
「うん。知ってたけど」
「そ、そか。でも、今は違う! 俺はネル・フィードの兄貴一本だ♡」
「私に飽きたのね。酷い男」
「そ、そじゃなくて、兄貴ッ!」
「さ、さっきから、それは私のこと、なんでしょうか?」
「兄貴、今までの数々の無礼! 申し訳ないっす!」
ハイドライドは頭を下げて、下げて、土下座から、土下寝になっていた。
「ハイドラ君っ、ウケるッ!」
「ハイドライドさん、もういいですから。起きてっ!」
「襲わせたり、花瓶落としたり、すんませんしたぁっ!!」
ネル・フィードは半泣きのハイドライドをかかえ起こし、服についた土を払ってあげた。
「あっ……」
(兄貴、優しい♡)
「もう気にしてませんから。それでは私たちは行きますね!」
「じゃあねー! ハイドラ君っ!」
立ち去ろうとする2人にハイドライドが魅惑の言葉を投げかけた。
「ランチ、俺に奢らせて下さいよ」
ネル・フィードは首を振り、その必要はないという意志を示した。
「ハイドラ君ッ! どこに行くぅ?」
が、アイリッサがそうはさせなかった。
「じゃあ、俺の行きつけのステーキ屋行こうか? 兄貴ッ♡ 行きましょう!」
「ラッキー♡ ネルさんっ! 行きますよー! ステーキじゃっ! ステーキ祭りじゃあ! ぷっひょひょ〜♡」
こおどりするアイリッサ。
「ア、アイリッサさん、よだれが」
(あの〜、悪魔の話はどうするの?)
こうして、行き先はネル・フィードの行きつけの喫茶店から、ハイドライドの行きつけのステーキ屋さんに変更となった。
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