第249話 セクハラのち腕相撲
正午。
ジリリリリリリリリンッ!
午前の作業終了のベルが鳴った。本来ならばここから1時間の昼休みを挟み、午後の作業となるのだが、ネル・フィードは真っ直ぐ工場長の元へ向かった。
工場長のバルドリックは筋肉隆々の50歳。
「工場長、すみません」
「ネル、どうした? 俺と昼メシ一緒に食べたいのか? だはは!」
「いえ。違います。実は今週、仕事を休ませて欲しいのです」
「今週? って今週は今日始まったばかりじゃないか? なんだなんだ急にっ。ひどい生理にでもなったのか? だはははっ!」
「工場長、私が女だったら、いまのは確実にセクハラですよ」
「俺の辞書にセクハラという文字はないっ! で、どうした?」
ネル・フィードは嘘をつこうと思ったが、それをやめ、バルドリックの目を強く見つめながら真実を話すことにした。
「6月6日、今週の日曜日までに、悪魔の力を持つ闇の能力者たちを片付けなくてはいけません。世界が崩壊してしまうんです」
「ほお。悪魔が? この世界を?」
「私はエクソシストとして、その責務を果たさなくてはいけないんです」
「エクソシスト? おいおい、空想の話じゃないのか? 悪魔だってそうだ。聖書や漫画には出てくるが……」
「本当なんです!」
バルドリックはネル・フィードの目が嘘を言っているようには見えなかった。しかし、あまりにも内容が現実離れしていた為、信じきれずにいた。
「わかった。だが証拠が欲しい。ネルにそんな力があるのか? エクソシストといやぁ、悪魔を退治する存在だ。お前みたいなヒョロっとしたのにそんなことができるのかな? お前を馬鹿にしてるわけじゃないぞ。純粋な疑問だ」
「私の力ですか」
(どうしたものか。さすがにここでブラックホールは……)
「じゃあ、俺を腕相撲で倒せるか? エクソシストはそういうんじゃないか! すまんすまん!」
「えっ? そ、そんなんでいいんですか?」
「おいおいっ! 本気かよ?」
ネル・フィードは人の目につかない倉庫の中での対戦を希望した。2人は隅の積み重なった木箱に肘をつき、右手を組み合った。
パシッ! グッ!
「ふうう。俺はお前を倒そうとはしない。その代わりこの状態からピクリとも動かさせはしない。全力でやってみなっ! だはは!」
「分かりました。ここでの出来事は口外しないで下さい。ではまず腕力からお見せしますよ」
「すげぇ自信だな。来いッ!!」
ネル・フィードはバルドリックに怪我をさせないようにゆっくりと力を入れていった。
グウッ! グググゥ……!
少しずつ、バルドリックの腕が外側に傾いていく。顔を赤くして元の位置に戻そうとバルドリックも懸命に力を込めるがまるで歯が立たない。
「ぐっ、ぐおおっ! ま、まいった……!!」
まるで表情を変えずに自分をねじ伏せるネル・フィードのパワーに、これ以上は無意味と彼は判断した。
「だはぁっ! だはぁっ! ネ、ネルッ! めちゃ強ぇじゃねーかっ!」
痺れる腕を抑えながら、ネル・フィードに目を向けたバルドリックはさらに驚いた。
ギュガガガガッ! ズビビィッ!!
「そしてこれが、悪魔のダークソウルを吸い取るブラックホールです」
それはネル・フィードの右手で、火花の様な電流を放ちながら至極の渦を巻く。
「どっひゃあっ! 分かったっ! そのおっかねぇのを引っ込めてくれぇっ!」
ぶしゅううううんっ! ボンッ!
「すみません。これが証拠です。なんとかお休みを……」
「6月6日だったな? 今週の日曜日か。それまでにカタはつくってこったな?」
「つかなければ、この世界はディストピアです」
「ディストピア? ネル、そらぁなんじゃい?」
「簡単に言えば暗黒の世界。反自由社会を基盤とした、悪魔の力を持った能力者による独裁が始まってしまうんです」
「そ、そいつぁ、やべぇこった」
ネル・フィードは無事に今週中の休みをもらった。そして闇の能力者探しに向かう為、工場を後にした。
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