可憐なアート 小濱宗治編

第248話 晴れのち花瓶

 翌日。いつも通りネル・フィードは7時に起床。洗顔を済ませ、ラジオをつける。部屋に心地よいクラシックが流れる中、朝食の準備に取り掛かる。


 トーストにスクランブルエッグ、茹でたソーセージ、スライストマトに千切ったレタス。それらの乗った皿をいつもの様にテーブルの上に配置し、愛すべき紅茶アミーユをマグカップに注ぎ、食卓についた。


 ムシャムシャと無言でそれらを食べ終える。そして、程よく冷めたアミーユに口をつけた。


「はあ……」


 ピッ


 7時30分。ラジオをニュースに切り替える。


『おはようございます。ディーツの出来事をいち早くあなたにお送りする、ニュースD1ディーワン。今朝のトップは超速報。これで6件目ですか。『美女行方不明事件』がまた起きてしまいました』


(美女行方不明事件、またか)


『昨夜 午後9時頃、コンビニのバイトを終えた大学生のクラーラさん20歳はたちが、忽然こつぜんと姿を消してしまったようなんですね。友達と帰るはずだったらしいのですが、その友達がトイレに行っている間にクラーラさんは休憩室からいなくなってしまったらしいのです』


(僅か1分足らずの犯行ということか)


『叫び声を出せば誰かが気づく様な状況、神隠しとしか思えない様な事件がまた起きてしまいました。若くてお美しい皆さん、夜ひとりでの外出はお控え下さいっ!』


(生きる目的が明確になった能力者は、若い女を連れ去り陵辱りょうじょくでもしているのか? 6月6日まで時間がない。それまでになんとかしなくては)


 ゴクリ


 アミーユの香りが脳を刺激する。


(今週は仕事を休むと伝えなくては。午前中は働いて昼に工場長に言うか)


 ネル・フィードは晴天のなか出勤した。今日の午前中だけでも働こうと思ったのは彼なりの誠意だった。


 8時25分。いつも通り工場に到着。中に入ろうとドアノブに手をかけた瞬間だった。


 ゴンッ!  ガシャンッ!


 大きな花瓶がネル・フィードの頭に当たって地面に落ち、割れた。


「ん? なんだ? 花瓶が割れている。掃除のおばちゃんに言わなくては……」


 ネル・フィードは何事もなかったかの様に工場の中へと入っていった。


(よっしゃあっ! クリティカルヒーットッ!! ネル・フィード病院送り決定ッ!! 死んだって構わないんだぜぇっ! 俺のアイリッサに近づく奴は絶対に許さねぇんだよぉ!!)


 花瓶を落として、すぐに身を潜めた2階のハイドライドは、ニヤニヤしながらゆっくりと下の様子を覗いた。


「どれどれ、ぶっ倒れてるかな?」


 ソロリ、チラッ


「い、いねぇっ?」


 ハイドライドが下を覗き込んでいたその時。


「おはようございます。ハイドライドさん」


「うぎぃっ! びっくりするじゃねぇか! って、ネル・フィード!?」


「さっき花瓶が降ってきましてね。私の頭に当たったんですよ。そもそもこの2階の倉庫には花瓶なんてない。誰かが故意に私の頭に花瓶を落としたのではないかと思い、確認しに来たわけです」


「そ、そうか。お、俺は知らん」


「そうですか。犯人は私を殺すつもりだったのでしょうか? まっ、平気なんですけどね」


 あの花瓶を頭に喰らって平然と笑いながら喋るネル・フィードに、若干の恐怖を感じたハイドライドは、本来なら言わない様なことを口走った。


「お前、誰だよ? ネル・フィードじゃ、ねぇだろ?」


「なにを言ってるんです? 私はアークマーダー・ネル・フィード。29歳、独身。好物はソーセージ。ですよ」


「だ、誰もそこまで聞いちゃいねぇよ。さっさと下に降りて働け……」


「はい。働きます」


 社長の息子ハイドライドは1階へと降りていった。ネル・フィードも続けて降り、午前の仕事に取り掛かるのだった。

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