第245話 永遠のレディードール

 大好きな小説を胸に抱き、冷たくなったピンクローザ。その姿が徐々に消えていく。


「あぁっ! ローザッ!! な、なんでっ!?」


 しゅううううぅぅ……


 ベッドの上には、ピンクローザの衣服とヘルムートの『太陽の残骸』だけが残った。


「そ、そんなぁ、なんでぇ……」


 マレッドはピンクローザのスーツに顔をうずめて泣いた。


「大魔司教パウルッ……!」

(裏切りは許さないと言うことか。人の寿命が見えるエルリッヒという男……パウルの右腕の可能性が高いな。他の能力者もエルリッヒとの接触後に例の教会に行き、力を与えられたのだろう)


「マレッドさん。悲しいのは分かりますが、屋根裏のご両親を救出しましょう。救急車も手配しますので」


「そうだな。すまない ネル君」


 アイリッサが救急車を呼び、ネル・フィードはマレッドと共に屋根裏から両親を助け出した。


 眼球を抉り取られ、憔悴しきった様子だったが命に別状はなさそうだった。5分後、到着した救急車に両親と共にマレッドも乗り込んだ。


「2人ともありがとう。この恩は忘れないよ。大魔司教とかディストピアとか、ネル君なら大丈夫だと思うが 気をつけてくれよ。じゃあ、また」


「はい。大丈夫です」


「マレッドさんっ!」


「大丈夫。ありがとね。アイリッサ」



 バタン!


 ピーポー ピーポー ピーポー……






「アイリッサさんも大丈夫ですか? 繭に包まれちゃいましたからね。特に体に異変はないですか?」


「ん〜? 特に、なさそうです。少しぐらい胸が大きくなってて欲しかったですけどぉ……」


 アイリッサはAカップの控えめな胸を軽く揉みながら言った。



「大丈夫そうですね。よかった」



 しかし、アイリッサは気づいていなかった。自分にある特殊能力が身についていた事に。





 ネル・フィードとアイリッサはバスに乗り、再び中心街へ。2人でジェラートを食べた。


「なんか眠くなってきちゃいましたよ。ふわあっ……」


「お疲れ様でした。あんな事に見舞われたんですから無理もないですね。帰りの自転車、転ばない様に気をつけて下さいよ」


「ふわ〜い。ネルさんもちゃんと7時に忘れずに礼拝堂行って下さいよ。またメルデス神父と何を話したのか聞かせて下しゃい……」


「ああ。何を話してくれるのか、楽しみで仕方ないよ」


 ネル・フィードはアイリッサを見送り、帰宅した。





 ピッ


 ラジオからクラシックが流れる。ソファーに座り、今後について考える。


(大魔司教の他にあと5人の闇の能力者。ひとりはエルリッヒ、もうひとりはジャポンという国からの留学生。なんとかその留学生に辿り着けないものか。生き方が明確になったそいつは今、何をしているんだ? 何か目立った事でもしてくれていれば見つけやすいんだが……)

 

 ピンクローザとの衝突は、思いの外体力を消耗させていた。ネル・フィードは暫しの睡眠をとる事にした。

















 午後6時。



 モライザ教施設3階 会議室



 ディーツの各地域から神父が集まり 会議が行われていた。もちろんそこにはメルデス神父の姿もあった。


 しかし、会議が始まり5分もしないうちにメルデス神父は立ち上がった。



「す、すみません。私、少し体調が優れないので帰宅させてもらいます。うっ……」


「あっ、メルデス神父! 大丈夫ですか? 確かに顔色がよろしくないですな。お送りしましょうか?」


「いや、大丈夫ですよ。申し訳ありません。外の風に当たりたいので……」


「そうですか。お気をつけて。会議の結果はメールでお伝えしますので、ゆっくり休んで下さい。最近お忙しそうだ。お疲れなのでしょう」


「ありがとうございます。では失礼します。うっ……」



 この施設から徒歩で15分の所にメルデス神父の家はある。多少ふらつきながらも彼は外の新鮮な空気を吸い、少しずつ体調を回復させていた。


 その帰り道、憧れの目で彼を見つめる女性達は数知れず。メルデス神父はこの辺りではもちろん有名な存在。銀色長髪のイケメン神父。それが彼なのだ。


 ゆっくりと歩きながら、なんとか自宅に到着。


「あぁ、会議の途中で抜ける事になるとはなんという失態だ。これもすべて……はぁ、はあ」



 メルデス神父は頭をかかえながら自宅玄関のドアに鍵を差し込んだ。



 ガチャ



 そして、よろめきながら家の中へ。


 ゴクゴクと水を飲み、司祭平服キャソックをハンガーに掛けると一目散にある部屋に入り、鍵をかけた。



 ガチャリ




 夕暮れ時、薄暗い部屋。メルデスは部屋のライトを付けた。


 そこには5体の等身大の人形が椅子に腰掛けていた。


 どれもまるでさっきまで生きていたかのような精巧なでき。5体とも美しい若い女の人形である。肌はシルクのように白くなめらか。目はビー玉のように光輝いている。



「ただいま。僕のかわいい永遠えいえんのレディードールたち……」




 メルデスはその中の1体のふくよかな胸にゆっくりと顔をうずめた。



 ぷにゅん♡









「ぼ、僕ちゃん怖いよぉ〜! なんなんだよぉ! あのネル・フィードとか言う奴の目ッ!! 人を見透かしたような馬鹿にしたようなっ! あんな奴と話なんかしたくないよぉっ! 今日はその事がストレスで仕事に身が入らなかったんだよぉ〜! たしゅけてよぉ〜レイチェルちゃ〜ん♡ ふがふがっ♡ おっぱい最高っ! ふおぉっ♡」


 














「うっ、ああっ……よく寝れたな。時間も丁度いい。そろそろ礼拝堂に向かうか。さーて、メルデスの化けの皮、剥がせるかな」


 時刻は約束の夜7時になろうとしていた。

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