第244話 タイムリミット

 悪魔の力を得た闇の能力者たち。


 大魔司教パウル・ヴァッサーマンを含め、あと6人。


「私が知ってる残りの能力者は2人。さっき話した留置場の男エルリッヒと、私の3日前に悪魔の力を得たという、極東のジャポンという島国から来ている留学生よ」


「エルリッヒと留学生ですか」


「私が渡せる情報はそのぐらいしかないの。私がパウルと接触した朽ちた教会の場所も、ダークソウルが抜かれたせいか記憶から消えてるわ」


「大魔司教パウル。その存在を聞けたのは大きいですよ。ありがとうございます」


「ネルさん。あなたがここに来てくれて本当によかったわ。ダークマターを扱える人がいるだなんて、パウルもきっと驚くはずよ」


「この世界をディストピアにするとか、なにを考えてるんでしょうか? そのパウルいう人物は」


「私が悪魔の力を授かる時に、パウルはこう言ったわ」


 ピンクローザは先ほど外した胸元のシャツのボタンをはめた。


「パウルはなんと?」


「この世に神などいない。いるのは悪魔のみ。それを人間に分からせる。我々はディストピアの7人の悪魔として永遠に君臨するのだよってね」


「神はいない……ですか」

(パウル・ヴァッサーマン。神の存在を信じず、悪魔を崇拝する者か? 悪魔を君臨などはさせん。腐神よりも厄介なことはよく分かったからな)


 ピンクローザは距離を置いたまま、今度はマレッドに話しかけた。


「姉さん」


「なに? ローザ」


「私はパパとママ、食べてないよ」


「そ、そうなのっ!? よかった」


「でも、あの目は2人のものよ」


「な、なんでっ!?」


「私は家族を皆殺しにするつもりだった。それは本当なの」


「……うん」


「2人は屋根裏に悪魔の糸で縛って閉じ込めてある。後で出してあげて」


「わ、分かった」


「悪魔の力を得ると自分の生き方が明確になる。私はまずストレスを排除する為にここに帰ってきた。家族が1番のストレスだったなんて悲しい話ね」


「絶対に誤解よ! 分かって、ローザ!」


「姉さんに関しては誤解だったかもね。でもパパとママの存在は、間違いなくストレスだった……」


「だからって目をくり抜くなんてっ! 酷いよ、なんで……」


 ピンクローザはリビングに所狭しと飾られた家族写真を見つめる。


「私を見る2人の目が大嫌いだった。まるで愛情のない、ただの宝石でも見るような自己満足に満ちあふれたあの目がね」


「宝石を見る目?」


「さぞや自慢の宝石だったんでしょう。こんな小国出身の娘が、大国ウールップのナンバー1弁護士なんだもの」


「そうね……」


「その宝石を自分たちが作ったと勘違いしてる。セックスして中出ししただけのくせに。原石わたしを研磨して美しくカッティングして輝かせたのは全て私の努力なのに! っとにウザいッ!」


「ローザ……」


「話が逸れたわね。私が言いたいのは、パウルを除く5人の能力者も今はまだ自分の好きなことをして過ごしてるってことよ」


「まだパウルの元に集結はしていないということですね?」


「1週間後の6月6日。例の朽ちた教会で集まることになっていたのよ」


「6月6日は『恐怖の日』ですよ。ネルさん」


「恐怖の日? よく知ってますね、アイリッサさん」


「モライザ信者なら誰でも知ってますよ。少し前の礼拝でも、メルデス神父が恐怖の日についてお話ししてくれてましたし」


「メルデス神父が? まさか彼も」


「ネル君。礼拝で悪魔について話すことはよくあるんだ。メルデス神父は相当な人格者だよ」


「そうなんですか」


「今回のローザの件も相談するつもりで今日は礼拝に行ったんだが、迷っているうちに居なくなってしまって」


「あの時? マレッドさんも?」


 2人の会話を聞いていたピンクローザが軽く伸びをした。


「さーて、私の役目は終わったわ。ネルさん。私が言うのもなんだけど、なんとかこの世界を救ってあげてね!」


「なんですか? そのいなくなってしまうような物言いは?」


「ふふ。私はもうすぐ死ぬわ」


「!? どういう意味ですか?」


「ローザ、なに言ってるのっ!?」


「え? ええっ? あわわ……」



 ピンクローザは左手首の高級腕腕時計を見てから、話を始めた。


「私の命はすでにパウルの能力の中にあるのよ。私がパウルについて誰かに話せば死ぬって言っていたわ。タイムリミットは5分よ」


「5分だってっ!? じゃ、じゃあもうじきっ!」


「そうね。私の手首で輝くイプノーズも、そろそろ5分経つって言っているわね」


 ピンクローザはそう言いながら高級腕時計イプノーズを外し、マレッドに手渡した。


「ロ、ローザ、嫌っ、嫌よっ!」


「優秀な女はね、優秀な物を身につけるものなのよ」


「私は優秀なんかじゃない!」


 ピンクローザはマレッドの腕時計をチラリと見た。


「チープな時計しちゃって。恥ずかしい。今日からはちゃんとそのイプノーズを使ってね。さようなら。姉さん」


 泣き崩れるマレッドを気にすることなく、ピンクローザは静かに2階へと上がっていった。


「ピンクローザさんっ!」


「ネルさん、2階に行きましょう。マレッドさんも、ピンクローザさんが死んじゃう! なんとかできないの?」


「ピンクローザさんの言ったことが本当なら、そのパウルを倒さない限り死の時限装置は止められない……!」


 泣いていたマレッドは腕時計をイプノーズにつけ変えると立ち上がり、2階へ駆け上がっていった。


「ローザ……ッ!」


 ネル・フィードとアイリッサも、マレッドの後を追う!





















 マレッドが向かったのは2階のピンクローザの部屋。続けて2人もゆっくりと部屋へと入った。


 そこにはベッドで仰向けに寝ているピンクローザがいた。美しい顔にはすでに血の気はない。3人とも彼女が絶命していることを一目で悟った。


 ピンクローザの胸には両手で大好きだったヘルムートの小説『太陽の残骸』がしっかりといだかれていた。

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