第242話 太陽の残骸

『うがあっ!! っ!!』


 ピンクローザの頭の中に響く、本当の自分の声。その声が、引き金を引くのを遅らせた!


『私はストレスフリーに生きるっ! そして、この力と共にあのお方とディストピアを創生する!!』


 カチャッ!


『じゃあ、死んで! 姉さんっ!!』




《やめてっ────!!》






 バギュウンッ!!
















『なんなの、これはっ!?』



 ピンクローザの撃った弾丸は、ネル・フィードの体から放出されたダークマターの盾によって守られ、マレッドには届かなかった。


『くそおっ! くそっ! くそっ!』


 バンッ! バンッ! バギュンッ!


 ネル・フィードはダークマターで弾丸からマレッドを守りながら、立ち上がった。


『やめるんです。さっき貴方は『黙れ』と言っていた。誰に言ったのですか?』


『さっきから、やめろとか姉さんを殺すなとか、頭の中でうるさいのよ!』


『それが貴方の本当の自分の声です。ちゃんと耳を傾けるんです! ちゃんと聞け! ピンクローザッ!!』



 シュルルルルルルルルル……



 ダーク・オブジェクションの拳銃は糸に戻った。ピンクローザはがっくりと項垂れ、ボソボソと呟き出した。本当の自分との対話が始まろうとしていた。




『ピンクローザは優秀、誰にも負けない、馬鹿は嫌い、強く生きる、強い女……』












《私は弱いよ》



『黙れ。黙ってよ……』













《期待を裏切るのが怖いの》



『黙って……』















《必要とされないのも怖い》



『そんな、ことは……』
















《認められないのはもっと怖い》



『やめて……』


















《私は虚勢という武器を見つけた》



『違う……』


















《攻撃は最大の防御》



『黙れ……』
















《人を見下して自己肯定なんて……》



『うるさい……』

















《私は弱い。強くなんてないの》



『そ、そんなことで期待に応えられると思うっ!? 競争に勝てると思ってんの!?』
















《そんなこと、どうでもいいよ》



『よくないわっ!! だって努力が無駄になっちゃうじゃないっ!!』










《そんな努力、したくなかったよ》



『……!?』










《ヘルムートの『太陽の残骸ざんがい』……覚えてる?》



『あっ、がっ! やめっ……!』








《私の大好きな小説なの》



『ヘルムートの小説……』








《勉強の合間に読むのが楽しみだった》



『太陽の残骸の主人公が、弁護士だった……』



《ヘルムートみたいな小説が書きたかったけれど、そんな時間はなかった。許されなかった。やりたいことは、できなかった》



『だから仕方なく私は、ヘルムートの書くような弁護士になろうと思った……』



《でも、小説は小説。理想の弁護士にはなれなかった》



『私は一体なにをしているの? 私は、私は……』



《本当の私は心の奥の奥。無意識の領域にまで弾き飛ばされた》



『私は、私は誰っ!?』



《ごめんなさい。貴方は弱い私が作ってしまったマリオネット……》



『違うッ! 違うしッ! 私はマリオネットなんかじゃないッ! 上級国民っ! 美しきエリート弁護士ピンクローザッ! お前が偽物に決まってるだろぉっ!!』






《私は小説家になりたいのっ!!》







『うるさぁあ────いっ!! そんなことは知らないっ! 期待に応え続けてきたんだッ! 私の努力を無駄にはさせないッ!』



《小説家になりたい。小説を書きたい。素敵な物語を書きたい。誰にも書けない私だけの小説を書きたい。それが私の夢! パパとママの顔色ばかり伺って、見失ってた私の夢!》


















『そ、そうだ。私は弁護士を辞めて、小説を……か、書きた……』







 その時ッ!






 ズァッボオオオオウッ!!!!




『なにこれぇっ!? あっ、熱いぃいっ!! いやあぁっ!!』


 ピンクローザの胸の辺りから真っ黒な炎が噴き出したッ!!

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