第240話 自己喪失
ギュパアアアアッ────!!
『この姿の私にその糸は通じませんよ!』
ビキィッ─────ンッ!!
ビキキキッ! ビキキキキキッ!
『な、なんですってぇっ!?』
ネル・フィードに襲いかった10本の悪魔の糸は、ネル・フィードの体に突き刺さることができず、小刻みに振動していた。
『あ、あんた本当になんなのっ!?』
『ピンクローザさん。あなたの本当にしたいことはなんなんですか? 人を殺し、喰らうことですか? 違いますよね?』
ネル・フィードのその問いに、明らかな苦悶の表情を浮かべるピンクローザ。そして、その瞳が潤み始めた。
『う、うるさいっ!! 私がこの世の中で最も優れた女! ど、どれだけ頑張ってきたと!』
『ええ。あなたは頑張ってきた。頑張り過ぎた。そんなあなたが欲しかったのはゆっくりと流れる時間。それだけのはずです。大好きな紅茶を飲みながらテレビを見たり、小説を書いたり、恋をしたり。そこにマレッドさんやアイリッサさんを殺す理由なんて存在しないはずです!』
ピンクローザの瞳から涙が
『私は姉さんが羨ましかった。父や母の期待を裏切った姉さんだったけど、自分の身の丈に合った場所で、自分の能力を遺憾なく発揮していた……』
『マレッドさんはとても仕事のできる優秀な方です。私たちの職場に欠かせません』
『私は父と母の期待に応えた。応え続けた。姉さんの分まで! 勉強も仕事も完璧にこなした! なのに、こんなつまらない人生……』
『あなたは本当の自分を見失った。いや、なくしてしまった。違いますか?』
(さっきのまで彼女とは別人だ。傲慢な彼女は本当の彼女ではない? これはまさかっ?)
『私は傲慢な女になんてなりたくなかった。人を見下すような人間にもなりなくなかった!』
『本当のあなたは傲慢でもなければ人を見下すような人でもない。心も美しい人なんです。1回立ち止まり、ゆっくり休むんです。本当の自分を取り戻す為に!』
『本当の私を、取り戻す?』
『はい。心も美しいあなたに戻れるはずです』
『姉さんみたいに無理なく働いて、趣味や恋愛に時間を使ってもいいの?』
『もちろんです。それが本当のあなたのしたいことなら、誰にも止める権利はありません』
『えへへ。やった! 嬉しいな』
ネル・フィードは確信した。このピンクローザ、元に戻せると。
『二重人格』
エルリッヒという男がつけ込もうとした、ピンクローザの本当の自分。
『傲慢』
だが、その傲慢さは、ピンクローザが『過度な期待』と『仕事のプレッシャー』の中で生み出してしまった別人格。
彼女が気づかぬうちに、その別人格を本当の自分と思い込んでいたことにネル・フィードは気づいた。
その時っ!!
『お、おえっ! おえええっ!!』
ピンクローザが嘔吐し、苦しみ出した。彼女の美しい容姿がみるみる変貌していく。黒く、艶のあった髪は水分が抜け、灰色と化した。背を丸め、鋭く伸びた爪を舐めながら、血走った目でネル・フィードを睨みつけた。
『私にストレスを与える存在はこの世からすべて消す! 両親もバカな姉も! 私にはない可愛さを持ったこの女もね!』
ズガシッ!
悪魔の力を全解放させたピンクローザは、アイリッサの入った繭に怒りと憎しみを乗せ、思い切り踏みつけた。
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