第232話 ティータイム

 ネル・フィードに続き、アイリッサもオロオロしながらスリッパを履いた。


「お邪魔しますぅ」

(マレッドさんが嘘をつくわけはないけど。ピンクローザさん、至って普通だよね?)



 リビングに向かいながらピンクローザが3人に言った。


「姉さんたちはお昼食べて来たのね」


 ピクッ!


 ネル・フィードの耳の筋肉が、その言葉に反応して小さく動いた。


「ピンクローザさん、なんで分かったんですか?」


 そして、敢えて不思議そうな顔をして聞いた。


「え? 匂いですよ。みなさんから鷄の出汁のがするんですよ。なにを食べて来たんですか?」


「ラーメンという極東の啜るパスタですよ。とても美味しかったですよ。ピンクローザさんも機会があれば是非食べてみて下さい」


「ええ。そうさせてもらいます」


「…………」

(あのラーメンがそこまで臭うとは思えない。人間の嗅覚のレベルでは嗅げないものが、この女には嗅げているということになる……)



 ネル・フィードとアイリッサはピンクローザに促され、リビングのソファーに腰掛けた。


「私、おふたりに紅茶でもいれるわ。姉さんも飲む?」


「う、うん」


 マレッドはそう返事をしながらも、紅茶になにか入れられるのではないかと気が気ではなかった。ピンクローザの手元から目が離せずにいた。


「なに? 姉さん。私が紅茶にでも入れると思ってるの?」


 ビクゥッ!!


「な、なに言ってるの? 違うよ。見たことのない紅茶だったから……」


「これ? ウールップの茶葉のお店で買ったものよ。希少価値の高い高級茶葉で、私のお気に入りなの。毎日のように楽しんでいるわ」


 それを聞いていたネル・フィードがピンクローザに語りかけた。


「ピンクローザさんも紅茶がお好きなのですね。私も朝は紅茶で頭をすっきりさせるんですよ。私のお気に入りはアミーユですが」


「アミーユですか。私も好きですよ。以前はよく飲んでいました。もう飽きてしまいましたけど。クセの強い香りが特徴でしたね?」


「ええ。その香りがなぜか私の思考回路を刺激してくれるんですよ。非常に重宝していますよ」


「そうなんですねぇ〜。はい、どうぞ。召し上がって下さい」


  カチャ


 リビングのローテーブルに4人分の紅茶が置かれた。そのシンプルな白のティーカップの中には、夕日の様なオレンジ色の液体が揺れていた。


「これは美しい色だ」


「ネルさんって紅茶も詳しいの?」


「詳しくはありません。好きなだけ」


 ネル・フィードは警戒しながらも、自然に振る舞う。自分はダークマター生命体。ミューバの毒ごときで死ぬほどやわではない。


 しかし、他の2人は下手をすれば死ぬ可能性は十分にある。と、いうことで取るべき行動はただひとつ!



 ネル・フィードは、自分に出されたティーカップを素早く手に取った。


 ゴクゴクッ!


「うん! 美味いっ! ごめん! アイリッサさんのも!」


「えっ!?」


 ゴクゴクッ!


「すごい美味しいっ! マレッドさんのもちょーだいっ!」


「ネル君っ!?」


 ゴクゴクッ!


「ぷはー! 最高っ!!」


 ネル・フィードはビールでも飲むように、一気に3杯の紅茶を飲んでしまった。ピンクローザの顔が引き攣る。


「あらあら。お行儀が悪いですよ。ネルさん。で、よろしかったかしら?」


「あ、はい。すみません。あまりに美味しかったもので」

(さて、化けの皮を剥がせるか?)



「そうですか。なら、よかったです」



 目を瞑り、ピンクローザはゆっくりと紅茶を飲み始めた。

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