第222話 モライザ礼拝堂

 モライザ教の礼拝堂へは徒歩15分。小高い丘の上にあった。人々が次々とその中へ入っていく。


「ネル・フィードさーん!」


 30メートル程先で、アイリッサが手を振って呼んでいる。ネル・フィードは少し歩くスピードを上げた。


「早かったですね。私も早く来たつもりだったんだけど。お待たせ」


「いえいえ、では参りましょうか」


「初めてだから何をどうしたらいいのか、まったく分からないですね」


「基本的には入り口でもらうリーフレットに書いてある注意事項を守って、周りの人と同じようにしていれば問題ありません」


「そうなんですね」


「あと、賛美歌を歌うために必要な聖歌集もあそこに置いてありますよ。リーフレットは持ち帰ってもいいですけど、聖歌集は礼拝が終わったら元のところに戻すんです」


「歌は苦手ですね」


「別に聖歌も歌えないなら、ハミングでメロディーを追いかけるだけでOKです。全然聞いてるだけでもいいですから。楽しんで下さいね!」


 ネル・フィードはアイリッサと共に礼拝堂の中に入った。中は思っていたよりも広く、南面の大窓には赤、青、黄、緑と、色とりどりの彩色硝子ステンドグラスがはめられ、天使や花のデザインが施されているガラスも見られた。


「さっ、ここに座りましょ!」


 アイリッサに促され、前から3列目の長椅子の中央に座る事になった。


「今に昨日話したメルデス神父がいらっしゃいますよ」


「メルデス……神父ね」


 10分程すると、アイリッサの言った通り、司祭平服キャソックに身を包んだ長髪の男が現れた。


「メルデス神父ですよ」


「あれが……」


 メルデス神父は祭壇に上がり、聖書台につくと信者に向かって話し出した。


「みなさん、おはようございます。本日も皆さんの想いがモライザ様に届くように祈りましょう!」


 聖歌の伴奏が流れ始めた。


 隣でアイリッサも歌い出だした。ネル・フィードは歌う事なく祭壇のメルデス神父を睨みつけていた。


(人の良さそうな顔してやがる。真面目の皮を被った悪人め……!)



 聖歌を歌い終わると、メルデス神父はネル・フィードの憎しみにも似た視線には気づかぬまま、聖書を朗読し始めた。


 その場の人間たちは、目を輝かせてその内容に聞き入っている。そんな中でネル・フィードはバレないように欠伸あくびをするのに必死だった。









 ネル……さん……



 




 ネル・フィードさん……










「ネル・フィードさんっ!」


「うが……」


 ネル・フィードは知らない間に寝てしまっていた。アイリッサに起こされた。


「メルデス神父の説教が始まります。面白いですよ」


「せ、説教? なぜ説教などされなくてはいけないんですか?」


「んもぅ、そのへんのおじさんの説教とは違いますからっ。寝ないで下さいね!」


「や、約束はできない……かも」



 そうこうしていると、メルデス神父の説教が始まった。


「モライザ様は自分の事を『良い小説家』だと仰る。そして、我々信徒の事を『良いペン』であると仰っています」


「…………」

(あ、あいつは何を言っているんだ? 小説家? ペン?)


「我々が良いペンであれば、良い小説家であるモライザ様が綴る物語は、色褪せることなく永遠に語り継がれていくのです」


「…………」

(ヤバい……再び睡魔が……)

























「ふがっ……」


「ネルフィードさん。また寝てましたね。帰りにジェラート奢って下さいよ。まったく」


「わ、分かりました」

(ふぅ。これがモライザ教礼拝。非常に退屈なものだな)



 その後、再び聖歌を歌い、暫くすると袋を持った人間が数人、礼拝堂内を回り始めた。よく見ると、その袋に信徒たちは金を入れていた。


「あ、ネルフィードさんは別に入れなくてもいいですよ。献金です。入れたければ入れてもいいですけど」


「いくらでもいいんですか?」


「ええ。いくらでも構いませんよ」


 アイリッサは1000ルーロ札を入れた。ネル・フィードは1ルーロ硬貨を放り込んだ。


 一瞬、袋を持つ男の顔が引き攣ったが、すぐに笑顔になりお辞儀をしながら通り過ぎていった。


「さて、この後、メルデス神父と話ができるのでしょうか?」


「はいっ! 多分できますよ〜」


 それを聞いたネル・フィードの眠気は一瞬でなくなった。

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