第220話 モライザ教

 マギラバがネル・フィードとして生活しながらひしひしと感じている事。それはやはり、ミューバ人の中に巣食う「崇拝」という名の粗末な感情。


 それは時に判断を誤らせ、自己を見失い、著しくアイデンティティーを破壊しかねない。そんな危険性を含んでいるのが『神』の存在なのだ。


 ここ小国ディーツの隣、国境を接する大国『ウールップ』は、ある神の発祥の地であった。


 『モライザ教』


 ウールップ、ディーツを含む近隣の9ヵ国は、ほぼ全国民がモライザ教の信者であった。


 アイリッサも例外ではなかった。



「ネル・フィードさんってモライザ信者じゃないんですね〜そんな人初めて会いましたよ〜めずらしいですね」


「そうかな? まぁ、そうだよね。私は『神も宗教もなくていい』と思っている人間なんだ」


「え〜? すごーい! そんな発想なかなか浮かびませんよ!」

 

「特にモライザ教は宗教的排他主義が色濃いんじゃないか?」


「モライザ様がこの世界の中心であり、モライザ教があるからこの世界は平和なんです! 確かにモライザ教以外の宗教はハッキリ言ってなんの為にあるのか分からないですよ。宗教的排他主義と言われても仕方ないかもですね〜」


 アイリッサも妄信するモライザ教。それも間違いなくカテゴリー1の精神生命体が神となり、根付かせた宗教なのだろう。


 だが既に、その宗教は神の手を離れ、人間のコントロール下にあり、独裁者の持ち物になってしまっているのだ。


 モライザ様の名の下に、数千万の信者からのお布施や供物が毎日のように教団に集まる。そして、ひと握りの教団幹部は、その甘い汁を啜って贅沢三昧なのだ。


 そんなものに成り下がった神を信じてしまうミューバの民は、やはり崇拝感情に支配され、己を見失ってしまっているとしか言いようがない。



「はあ……」

(これがハイメイザーの打ち立てた宇宙の理の成れの果てだ。カテゴリー1もハイメイザーの命令でやっているのだろうが、ミューバにも神はいらないんだ。必要悪どころか諸悪の根源じゃないか)


「ネル・フィードさん、なに溜息なんかついてるんですか? 悩みがあるなら気軽に神父様に聞いてもらえばいいんですよ」


「神父?」


「そうです。メルデス神父に」


「そのメルデス神父という人が、私の悩みを聞いて、教導きょうどうしてくれると言うのかい?」


「そういう事です。メルデス神父はとても心の広いお方ですよ。海ですよ! 海っ! きっとネル・フィードさんの神に対する見方や考え方に対しても、優しく的確に論じてくれると思いますよ」


 アイリッサはそう言って、ジョッキに残っていたビールをグビグビと飲み干した。


「モライザ教の礼拝……明日かい?」


「そうですよ! 毎週日曜! 行きます? 私と一緒に?」


「ああ。メルデス神父に是非、会ってみたいな」


「やった! じゃあ明日、一緒に行きましょう! 礼拝堂にっ!」



 ネル・フィードは明日、アイリッサと共にモライザ教の礼拝へ行く事にした。勿論、信仰心に目覚めた訳ではない。


(メルデス神父か……化けの皮を剥がしてやる。何がモライザ教だ。宇宙の理の本来の意図など、もはやないに等しいっ!)


(金の亡者め。神などというものがなければ、こんな異常とも呼べる社会は形成されないのだ)


(ズル賢い人間を生み出すだけだ。モライザ教。最初の標的ターゲットに丁度いい)


 明日に備え、2人は早めに帰宅したのだった。

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