第219話 使命

 ネル・フィードがアイリッサと食事に行ってから1週間が経った。今夜もしっかり誘われていた。


 前回の食事のあと、ネル・フィードはアイリッサに『もう誘わないでほしい』と言うことができなかった。


 いや、あえて言わなかったのかも知れない。第3ミューバに来て初めて人を前に食事をし、酒を飲んだ。


 純粋に楽しかった。


 毎日ひとりで食べるソーセージの味も、もちろん格別だ。熱い風呂から出た後のビールも本当に最高だ。なのだが……


「アイリッサ……」


 彼女の屈託のない笑顔、飾らない性格、ちょっぴりドジなところ。ネル・フィードは不覚にも恋をしてしまったようだ。とはいえ自分は異星の者。光の屈折で見た目はネル・フィードそのものだが、実のところはダークマター生命体。


 自分の理想のためならば、人を殺すことになんの抵抗もない。そんな自分は彼女に釣り合いはしない。釣り合おうとしてもいけない。ネル・フィードはそう思った。


 本来の自分の使命。それは神に支配されているこの世界から人々を救うこと。本来の人間らしい生き方を取り戻させる為に、神を撲滅する。


 そうすることにより、第3ミューバはカテゴリー8から『7に近い存在』になれる。腐神も降りてこなくなるかも知れない。そうすれば彼らが余計な戦いを強いられることもなくなる。


 ミューバはカテゴリー2のカテゴリー上げの道具。ミューバ人はそんなことも知らずに日々暮らしている。数年以内にここにも腐神は降りてくる。しかも、かなりの『大物』だ。ネル・フィードはそう確信していた。


 しかし、その前にカテゴリー1や2のはぐれ者が『必要悪』と称して、この世界に、そして人々の心の中に浸透させた『神』という存在を消し去らねばならない。


「神などというモノがあるから、逆にミューバ人は発想が乏しいのだ。本来ミューバはもっと強く、賢く、豊かな世界のはず。宇宙の理とはいえ、ハイメイザーはミューバを馬鹿にしすぎだ。神などいなくても充分発展可能な星のはずなんだ」


 ネル・フィードは神の干渉は、世界に不利益しか生み出さないという思想を持っていた。


 『神という概念』がミューバにしかないという事からも、宇宙的にネル・フィードの考えは逸脱したものではないはずなのだが、『ミューバに神を置く必要はない』と思う者はごく僅かに過ぎなかった。

 

 『ミューバは稚拙であり、神がいなければ統率もとれない、向上意欲もない、未熟な惑星なのだ』


『絶対的、圧倒的存在がミューバには必要である!』


 これらが宇宙の一般論であった。


 








 ……夕刻。




「ネル・フィードさん、お疲れ様です。行きましょう」


「ああ。お疲れ様」


 仕事終わり、ネル・フィードはアイリッサと共に前回と同じレストランへ向かいながら、彼女への恋心を黒く塗りつぶした。

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