第218話 イレギュラー
そんなネル・フィードの、地味ながらも至福な日々が続いていたある日の事。
「お疲れ様でした」
ネル・フィードはいつもの様に仕事を終え、いつもの様にスーパーマーケットへ向かおうとしていた。その時だった。
「あの、ネル・フィードさん」
同じ職場の事務で働くアイリッサという女が、ネル・フィードを呼び止めた。
「あ、アイリッサさん。お疲れ様です。何でしょうか? 私になにか用ですか?」
「あの〜、あの〜……」
「はい?」
(なんだ? 何かおかしな行動をしてしまったか? そんなはずは……)
「よかったらこの後、一緒にお食事にでも行きませんか?」
「はい?」
(一緒に食事? めんどくさいな。私は早く帰ってビールとソーセージを……)
「だ、だめです?」
アイリッサは若くて美しい女だった。そのアイリッサが頬を赤らめながら食事に誘ってきたのだ。
本来ならば承諾するのが自然な行動なのだろう。しかし、ネル・フィードは色恋がしたくてミューバにいるのではない。
『神の撲滅』と『腐神の排除』
異性に限らず、ミューバ人との行き過ぎた交流はその活動の邪魔になりえる。孤独こそが自分の最高のパートナーであるとネル・フィードは確信していた。
「すみません。今日はちょっと……」
と、言いかけた所で別の人物が現れた。社長の息子のハイドライドだ。
「アイリッサ! お疲れ様。どうしたの? こいつになんか言われた?」
「え? そうじゃなくて」
ハイドライドがアイリッサを気に入っている事は間違いない。ネル・フィードはそれを察して会釈してその場を足早に立ち去った。
「はあ……」
(変に勘違いされても困る。私は毎日の風呂とビールとソーセージがあれば他は何もいらない。元々のネル・フィード同様に静かに暮らすんだ)
しかし、翌日もその翌日もアイリッサはネル・フィードを食事に誘ってきたのだった。
「まずい……」
(ここまでしつこく誘ってくるとは。さすがに断り続けるのにも限界がある。あらぬ噂を立てられても困る。ネル・フィード、女にモテなさそうだと思ってたんだがな。1回食事に行ってちゃんと話すのが得策か……)
翌日、ネル・フィードはアイリッサと食事に行くことにした。彼女はとても嬉しそうだった。そんなアイリッサが少しだけ可愛く見えた。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様」
2人はレストランで、食事とビールを味わいながら会話を楽しんでいた。そして1時間程して、軽く酔ってきたアイリッサは、ネル・フィードの変化について語り出した。
「だって、ネル・フィードさん最近すごく生き生きしてるんですもん!」
「生き生き? 私がですか?」
「ええ。少し前までは目が死んでるというか、覇気もなくて。声も小さかったですし」
「あはは。具合がずっと悪かったんだ。最近いい薬と出会ってね」
(そうか、つい労働が楽しくて。ネル・フィードはもっと暗くあるべきだったな……)
「そうだったんですか。大変でしたね。私でよければいつでも頼って下さい。元気になる美味しいご飯だって作っちゃいますよ!」
「あはは。それはありがたいな」
「あっ! それって作ってもいいって事ですか? そうですよね?」
「え? いやいや、あの……」
(なかなか強引な子だな。だから私は1人でいたいんだ。ちゃんと言わなくては)
その様子を、店の外からハイドライドが悔しそうな顔をして見ていた。
「くそっ! あのネクラ男がどうしてアイリッサと……」
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