第170話 安達 聖夢

 俺の名前は安達あだち聖夢せいむ。20歳、ホストやってまーす。


 持ち前のルックスと軽快なトークで次々と指名客を増やし、一気にこの店『Lionライオン Heartハート』のナンバーワンに駆け上がり、月収1000万。の予定だったんだけど。



 世の中そんなに甘くない。俺レベルのルックスの男は腐るほどいた。ここはルッキズムの巣窟。そういう人間が集まるところ。当然と言えば当然だった。



 そんな中でも俺はなんとか指名してくれる女の子をゲットできた。さすが俺。今日もガンガン高い酒、お願いしますよー!



「聖夢〜♡ 超かっこいい♡」


「私、聖夢の声が好き♡」


「ねえ、聞いてよぉ〜♡」


 指名してくれる女の子の中に、俺の事をかなり気に入ってくれてる子がいたんだ。その子はキャバやってて、かなり羽振りが良かった。客としても、女としても、俺にとって大事な存在だったんだ。


 アリスちゃん♡ 俺、頑張るから。いつか俺と ちゃんと付き合おうね。


 俺はその日を夢見て努力を重ね、ホストとしての実力を上げていった。半年後には Lion Heart のナンバー3にまで駆け上がっていた。


 恋の力って凄いなぁ。


 実は俺、ろくに付き合った事ないんだ。キスはした事あるけど、それ以上はまだない。チェリボ。


 学生時代も部活に明け暮れて、恋愛につぎ込める時間なんてなかった。そんな中でも、1人の女の子とキスできていた事が、自分の男としての自信になっていたんだ。


 もともと、学校でもおもしろキャラで、それなりに女子からも人気はあった。でも、その時は白球が恋人みたいなもんだった。甲子園が憧れ。行けなかったけど。


 そんな俺だから、一度好きになった女の子にはとことん尽くすよ。一途な男だと思う。女の子はそういう男がいいんだよね? 浮気者は嫌いなんだよね?


 俺はアリス一筋っ♡


 今日も来てくれたぁ♡ ありがとう。さあ、楽しもうっ!














「ちょっとぉ! 聖夢ぅ! 大丈夫ぅ?」


「ら、らいじょおぶだよお。うっ! ヤバっ……」


 俺はトイレに直行。


「おえっ! おええっ!」


 やっちまった。調子に乗って飲み過ぎた。大して酒が強くない俺。後でまた、先輩の説教喰らうな。


 

 フラフラの俺は待機室に連れていかれた。予想通り、先輩にごもっともな説教を喰らった。


 アリスはもう、いなかった。


 ごめん……俺のいないLion Heart なんて、いてもつまらないもんね……。後でちゃんと謝らなきゃ……。

 


 『既読スルー』


 俺の謝罪に対して、アリスは全く反応してくれなかった。じきに既読すらつかなくなった。


 ど、どうして……?


 ヤバい……怒った?


 嫌われた?


 いつも、あんなに優しくて可愛い笑顔で接してくれてたのに。あの一回の失態がそんなに?









 3日後。アリスは店にやって来た。


 だけど、俺を指名はしなかった。


 めちゃくちゃ軽い、噂では7股交際しているというLion Heart のナンバー2『豚丸ぶたまる』を指名したのだ。


 この豚丸ってのが信じられないくらい女の扱いがうまい。名前の通り、少し太ってて、顔も大してカッコ良くはない。だが、自分の源氏名に『豚丸』なんて付けるあたり、その辺も女心をくすぐるんだろう。


 アリスは豚丸のお腹をポンポンしながら笑っている。完全に豚丸の虜。もう彼女の頭の中に俺、『聖夢』の事は微塵もないように見えた。心にポッカリ穴が空くってこんな感じなのかな。















 俺は『具合が悪い』と店長に言って早退した。だけど、それは嘘。外でずっとアリスが出てくるのを待っていたんだ。ちゃんと目を見て、謝りたかったから。


 2時間後




「じゃねー!」



 来た。アリスが出て来た。後をつける。アリスはこの辺のマンションに住んでいると言っていた。


 あれ? これってストーカー? 違うよな。俺はただ、謝りたくて。



 カチッ!



「ふう〜……」



 俺は落ち着くために煙草に火を付けた。若干の指の震えが気になる。緊張しているのか?


「落ち着け……落ち着け、俺」


 大丈夫。アリスは俺の事を揶揄からかってるんだ。ちゃんと相手して欲しくて豚丸なんか指名してさ。嫉妬なんて、してやるもんかよ。


「ふう……うぅぅ、うっ」


 煙を吐く口元が震える。なんなんだ? 寒くなんてないのに。夏の夜にこんなに震えるなんて。落ち着けッ!


 10分後


 アリスは自宅マンションに着いたようだ。入ろうとするところへ声を掛けた。


「ア、アリスっ……!」


「あれ? 聖夢? どうしたの? 偶然? じゃないよね?」


「ごめん、謝りたくて、ついて来ちゃった……」


「え? ちょっとぉ! キモいよぉ! 聖夢ってストーカーする人だったの? やめてよぉ」


「ち、違うッ! 俺は純粋にアリスの事が好きで!」


「……私も聖夢の事が純粋に好き」


「えっ!? 本当にっ!?」


「……とか、言うと思う?」


「え……?」


「はあ……あんた思ってたよりイモなんだね。童貞? ホストクラブで働くの向いてないんじゃない?」


「そ、そん……な……」


「私は楽しければそれでいいの。新人のあんたを少し応援してあげてたんじゃない。ナンバー3? だよね? それに恥じない行動をしなよ。できないなら辞めな。今のこの状況、ホストとして恥ずかしいと思うよ」


「お、俺……」


「あー、人としてもだね。ストーカーは消えて下さーい。Lion Heartにはもう行かないから。じゃね」


 そう言い残し、アリスはマンションの中庭をエントランスに向かって歩き出した。


「ちょ、ア、アリス……!」


 俺は込み上げてくる謎の感情に突き動かされ、アリスの後を追った。



 ガシッ!



 そして、その腕を掴んだ。


「ちょっとぉっ! 離してよぉっ!」


 凄い顔だった。


 嫌いな人間を見る顔。一目で俺の事を嫌っているのが分かる顔。さっき豚丸に見せていた笑顔とは正反対の顔。


 グサァッ!


 初めて聞いた。自分の心が傷つく音。想いを寄せる女の子から放たれた辛辣しんらつな言葉と嫌悪の眼差し。そのふたつが俺の純粋な心を深く、傷つけたんだ。












『大好きだったのにっ!』


















『アリスの為に頑張ったのにっ!』



















『付き合いたかったのにっ!』



















『結婚したかったのにっ!』



















『子供の名前だって、考えてたのにっ!!』




















「はあっ! はあっ! ああっ、あああっ……!」



 気がつくと俺は大好きなはずのアリスの首を絞めて殺してしまっていた。大好きなアリスが、目の前にぐったりと息もなく横たわる。























 『可愛い』


 俺はそう思った。アリスの死体を家に持って帰りたい。愛し合いたい。そんな気持ちが溢れて止まらなかった。


 アリスとのSEXは俺の願望だった。その為に頑張ってきたんだ。男として認められたかった。


 その時、マンションから人が出てくる気配がした。俺はパニクり、アリスのパンツを脱がせてポケットに突っ込んでその場から逃げた。


 走り去る俺の後ろで悲鳴が聞こえた。畜生っ! なんでっ!? なんでこんな事にっ!!


「はあっ! はあっ! はあっ!」


 お、俺の人生詰んだ。オワタ。人殺し。最悪だ。俺はトボトボと自宅へ帰った。どうせ、すぐに警察が来る。


 アリスのスマホには俺のLINEの履歴。もちろん防カメにも俺の姿がバッチリ映っているだろう。


 俺はベットに仰向けに寝た。


 後悔にさいなまれながらも、俺は思い出した。ポケットに入れたアリスの下着の事を。ゆっくりとポケットに手を入れると、女性の下着特有の柔らかな感触に触れた。


 俺はもうどうでもよくなっていた。


 下着をポケットから取り出し、目の前で広げた。


「これがアリスのお尻やあそこを包んで……」


 俺はアリスの局部が触れていた場所の匂いを嗅いだ。性器と尿の匂いが混じったとてもくさい匂い。でも、これがあの可愛いアリス『そのもの』の匂いなんだ。


 あまりの女子のリアルに興奮して、頭がクラクラした。手が股間に伸びる。


 もっと気持ちよくなりたいっ!


 少しペニスを刺激しただけで、俺はパンツの中に射精してしまった。それほどまでに童貞の自分には、大好きな女の子のパンツの匂いは強烈な刺激だった。



「ああっ! はあっ! はあっ!」



 警察来いよ。ここにいるぞ。殺人犯、安達聖夢がっ!!


 俺は性液でビショビショのパンツのまま、煙草に火を付けた。


 カチッ!


「ふう〜……こんな時でもうまいな。煙草」


 アリスのパンツの匂いで興奮した体が熱い。でも股間はヌルヌルして冷たい。なんとも気持ちが悪い。


 俺は煙草の火を消し、精液まみれのパンツを脱ぎ、アリスの『リアル』をひと嗅ぎしてから、シャワーを浴びる事にした。





 シャ──────ッ!!




『警察が来るまで……あと何回、アリスで抜けるかな』


 そんな事を考えながら、俺はシャワーの温度を上げた。熱い湯が罪悪感も洗い流してくれるようだった。













 キュウ、キュウ、キュッ!



 風呂をでると、再び目に入るアリスのパンツ。もう2回目ができそうだった。さっきは暴発しちゃったからな。今度はじっくりと……。


 熱いシャワーのおかげで、自分が殺人犯だということを忘れられていた。俺は裸のままベットにダイブ。


 アリスのパンツを顔に乗せた。


「ああっ♡ アリスっ! 可愛い顔してこんな匂いがするなんてっ……」


 俺は剥き出しのペニスを握った。


 その時。




『お前、鬼畜だなぁ。素晴らしい』




 ドキィッ!!




 すっ裸で女の下着を顔の上に乗せ、ペニスをしごく俺の耳元に向かって発せられた『素晴らしい』の声。あまりの異常事態に俺のペニスは一瞬で縮んでしまった。


「脅かしやがってッ! 俺は人殺しだけど、クスリはやってねぇぞっ!」


 幻聴。


 俺はそう思い、正気に戻ろうと大きな声を出した。えっ? ひょっとしてアリスのあそこの匂いに興奮し過ぎて脳内麻薬的なのが出ちゃったのか?


『その快楽、この一回きりで刑務所暮らしでも構わないのか?』


「えっ? なんだ? 幻聴じゃないの?」


『幻聴ではない。私は神だ』


「神様? 助けてくれるの?」


『人を殺して、絶望していると思ったのだがな』


『絶望? してるっちゃしてるけど。まぁ、アリスのパンツゲットして、匂い嗅ぎながらシコれたら……それほど思い残すことないわ」


 カチッ!


「ふう〜……そんな感じ?」


 俺は煙草を吸いながら答えた。


『では、もっと殺したいとか……思わないのか? ケケケッ!』


「俺はアリス以外に興味ないんだよ。だから特に……ふう〜……ないね」


『ケ、ケケケ……』

(神を前に……なんという不遜ふそんな態度)


 ドロドロドロッ!


(な、なんだ? 貴様、この人間が気に入ったのか?)



 ドロドロッ! ベッチャッ!!


(分かった。ではこの人間にしよう)


『ケケケッ! わざわざ警察に捕まる事もあるまい。この世にはそのアリスよりも可愛い女がわんさかいるぞ』


「いねぇよっ! アリスなめんなよ! あっ、でも天神坂46の河合かわい里香りかは好きかも♡」


『警察に捕まるよりも、その河合里香のパンツ……欲しくないのか?』


「…………欲しい……かも……」


『ケケケッ! よしよし。お前も神の力を手にすれば、アイドルのパンツも嗅ぎ放題だぞ』


「はあっ、はあっ……お、俺はっ……アイドルと……やりたい……」


『ほうほう。そうだな、神になればアイドルともやりたい放題だ。ケケケッ!』


「ど、童貞のまま……死にたくない……可愛い子とエッチしたい……」


『ケケケッ!』

(よ〜し……キマったな)


「アリスが……俺の事……嫌うからいけないんだぁっ!!」


『よしよし。分かった分かった。お前は悪くないぞ。お前の純粋な愛を、世の中の女の股にぶち込むのだ』


「俺は……悪くない……純粋な愛を……」


 ドロドロォォッ!!


 俺の記憶はそこで失くなった。マジでくっさい何かが、俺の口から胃の中に入っていった。そこまでだ。


 気づくと、俺の背は2メートルを越えていた。見た目はほぼ俺のまま。ううっ……意識が……消える……






『ケケケッ! どうだ? 気に入ったか? お前も私ほどではないが、力が無いな』


『すまない。鎖鎖矢餽さん。わがままを聞いてくれてありがとう。この男が美しくて気に入ったんだ。あと、この男が口にしていた『煙草』というものにも興味があってね』


『ケケケッ! 変わった奴よ。なんでもいい。牙皇子様のお役に立てる様に努力しろッ!』


『はい。分かりました』


『そうよのう……お前の名だが……よしッ! 今日からお前は……』


亜堕無アダム……』


『ん?』


『俺は亜堕無でいい……』


『ケケケッ! お前の様な非力な腐神、なんとでも名乗ればよかろう』

(う〜む、私の楽しみを奪いおって……)


 カチッ!


『ふう〜……煙草……苦いな』


『ケケケッ! では行くぞッ! 腐神、亜堕無よッ!』


『はい。よろしくお願いします』

























 とある都市のオフィスビル最上階。

 『ゼロワールドの本拠地』





『おい……鎖鎖矢餽』


『な、なんでしょう。牙皇子様』


『あのチャラ男。なんで外ばっか見てるの? マジで使えなさそう……』


『力もたいしてないですし、ボサっとしてますし、雑用にも使えるかどうか。ですね……』


『腐神にもハズレってあんのね』













 カチッ!


『ふう〜……』

(やはり、馴染まんなミューバの人体。とはいえ、エデルを追放されたからには新たな楽園が欲しい。『ミューバ・エデル化計画』その為にはまずはシヴァの破壊が先決。威無イヴの器も早く見つかるといいんだが……)



 『ミューバ・エデル化計画』


 亜堕無と威無の目的は、はぐれの予想した通り、やはりそれだった。


 

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