第169話 笹山 喜八
「や、やめてっ! た、助けっ……」
ググググゥゥゥッ!!
「がっ、ごごぉっ……!」
グッ! グググッ!
「……………………」
「かっ、かはあっ! はあっ、はあっ! し、死んじゃった? あはは、あはあああ♡」
ピッ! ビリビリィッ!!
ビリィッ!
「んはあっ! はぁ! はああっ♡」
ブチュウッ! ベロベロッ!
「た、たまらんっ! ああっ♡」
私の名前は
よく警察に捕まらないねって? そりゃあ死体が見つからなきゃ殺人事件にはならないからねぇ。
皆さんは年間の行方不明者の人数を知っているかな?
『年間8万人』
こーんなにいるんだ。1日200人は消えてる計算だ。この中の何人が殺されているのか。それは私の知ったことではない。
私は子供の頃から『殺したい』という衝動に溢れていた。虫から始まり、鳥、猫、犬。小学生の頃にそれらはすべて殺した。
ハッキリ言って、溢れる衝動の半分も満たされはしなかった。中学、高校と進み、性欲が成熟してゆくにつれ、私はようやく自分の中にある『衝動の正体』に気づいたのだ。
私が殺したいのは虫や動物などではない。『人間の女』であると。
私はそんな衝動が溢れて止まらない自分に嫌気がさす。なんてことはなかった。衝動と共に湧き上がる興奮を抑えきれない日々が続いていた。
私は高校を卒業すると地元を離れた。都会過ぎず、田舎過ぎず、程よく人に紛れることができ、念願の『女を殺したい』という衝動を叶えるのに適した町を見つけたのだ。
M県、
ここが私の天国となる。何人目で捕まるか。最低でも3人は味わいたいが、1人目で捕まり死刑になったとしても悔いはない。
この衝動を抱えたまま、なにもせず死にゆくよりも、殺人鬼になったほうがよっぽど私は私らしく生き、死ねるのだ。
「腐神よ。我に力と幸運を」
『腐神』とは、私の愛読書の名だ。
その名の通り内容は、腐神という神の存在を事細かく、詳細に綴った物となる。私のような鬼畜な人間を虜にするには申し分なかった。
腐神と同化することにより、人ならざる力を得ることができるからだ。過去にはその力で、世界に終わりをもたらした人物がいる。なんて話も書いてあったが、私はそんなことに興味はない。
目立つことなどする気はない。私はひっそりと静かに、人の目に触れることなく、殺人の快楽に身を委ねたいのだ。腐神の力があれば間違いなく、長く、安全に、ひとりでも多くの女を痛ぶり、殺し、犯せるのだ。
この本を手にして5年。
私の元に腐神は舞い降りてはこない。暗く、悶々とした学生生活を送らざるを得なかった。
もう、限界だったのだ。
自分の人生を投げ打ってでも、私は女を殺したい。その思考に到達した私には恐いものはなかった。
ボロい一軒家を借りた。ここで、私の念願が叶う。近々、この部屋で行われるであろう『鬼畜の所業』を想像するだけで、私のペニスははち切れんばかりに硬くなり、脈打った。
興奮して寝られない夜が3日続いた。敢えて私は自慰行為をしなかった。すべてはその時の為に取っておくと決めたのだ。
そして、ついに『その時』はやって来た。私好みの太めの女が、大通りを曲がり、私の家のある路地にやって来た。
「はあ、はああ……」
自分でも分かる。私はもはや人ではない。鬼だ。
ガバッ!
私は家の前に差し掛かった女の頭を、風呂敷でぐるぐる巻きにして、一気に家の中へ引きづり込んだ。
人の目はなかったっ!
完璧だあっ!!
無事に獲物を捕獲できたぁっ!!
女は悲鳴を上げる暇もなかった。手足をバタつかせ抵抗を試みている。薄布のスカートの中からチラつく、女の白い太腿が、私を完全な鬼へと変貌させていくのだ。
「うおおおおうっ!!」
ガンガンガンガンッ!!
ガンガンガンガンッ!!
私は風呂敷でぐるぐる巻きにした女の顔面を拳で何回も殴り、失神させた。そして、顔を覆っていた風呂敷をゆっくりと外し、ピクリとも動かなくなった女の服を、ゆっくりと脱がしていった。
「なんて可愛い人なんだぁ♡ はあっ、はぁ、私はこんな素敵な人を今から殺せるんだぁ!」
その手は今までに見たことがない程に震えていた。怖さではない。あまりの興奮と喜びのせいだ。
何年もの間、頭の中で何回もシミュレーションし、綿密な計画の元に行われているこの行為。今に女は意識を取り戻すだろう。
その瞬間に、殺すッ!
私は服を剥ぎ取り、続けて女の下着に手をかけた。その時は来たのだ。
「い、いやあっ! や、やめっ! 助けてっ!」
待っていた。その命乞い。最高だ。
とはいえ、これ以上 大きな声や悲鳴を上げられては困る。丁重に殺させてもらう。私の長年の夢をあなたが叶えてくれる。感謝する。
「うわあっ!!!!」
私は怯える彼女の首を絞めた。激しく抵抗されたが、すぐに女は意識を失い、小便を漏らし、生き絶えた。
「はあっ! はあっ! はあっ!」
やった。私はやったのだ。
ずっとずっと、子供の頃からあった衝動を、ついに、爆発させたのだ。虫や動物では味わえなかったこの達成感。
私は床に広がる女の小便を
その時だった。
『なぁ、君』
「うおわあっ!!!!」
私は犯罪の真っ最中に突然声をかけられ、心臓が止まりそうになった。
慌てて声の主を探すッ!
そいつも殺さなくてはいけないッ!
まだ、私の快楽殺人者としての人生は幕を開けたばかりなのだからッ!
まだ1人目、しかもお楽しみのまっ最中だぞ! ふざけるなッ!
『すまんね、笹山喜八。邪魔をするつもりはない。私は腐神だ』
「ふ、腐神っ!?」
『ああ、数年前から君の凄まじいまでの野望のファンになってしまってな。ずっと話してみたかったのだ』
「す、数年前から? ファン?」
『ようやく、君と直接話すことができるようになったんだ。グッドタイミングだと思わないか?』
「グッドタイミング? これから殺した女を
『その女の死体。どうするつもりなんだ?』
「ゆ、床下にでも埋めようかと」
『ケケケケッ! それは限界がすぐにやってきそうだなッ!』
「や、やかましいッ!」
私は『最高の時間』に水を差され、少しばかり頭に血が昇ってしまっていた。落ち着け。ずっと欲しかったんじゃないか。腐神の力が。人ならざる力が。
「腐神様。私の方こそ、ずっとあなたと会いたかったのです」
『嬉しいねぇ。私はね、君と同じ趣味を持つ生き物なんだ』
「腐神様がしたい事が、私と同じ? 女を痛ぶり、殺し、犯す……」
『そうだ。私もミューバの『女』という生き物をおもちゃにしてみたいのだ』
「おもちゃ? た、確かに……」
『どうだろう? 私と契約してはくれないだろうか? 笹山喜八に私の力を授けたいのだ。君のファンとしての願いだ。頼む』
「腐神の力を? それはありがたい」
『私は喜八が誰にもバレずに、この快楽をずっと楽しめる『手助け』をしてあげたいのだ。その代わり、私にもその体を使ってたまに殺人を楽しませて欲しい。ダメだろうか?』
な、なんとっ! 腐神の方からお願いされるとはッ! 願ったり叶ったりとはこの事ッ! 断る理由などなかった。
天井あたりからドロドロの臭い物体が現れた。本で読んだ通り。腐神だ。
私は勇気を振り絞り、腐神を体内へ取り込んだ。
ドクドクドクッ! ゴクゥッ!
「はあっ! はあっ! はあぅ!」
一瞬だけ苦しかったが、私はとうとう腐神を手に入れたッ! 力を手に入れたッ! ど、どうなるんだ!?
『契約してくれてありがとうよ』
私の頭の中で声がする。
「い、いや、こちらこそ」
『私はな、人の心を操作できるんだ。それだけではない。今後、多数出るであろう女の死体だが、それも私の力で宇宙空間に捨てる事ができる。ケケケッ!』
「う、宇宙っ!?」
そ、そうかッ! 腐神界は宇宙空間に存在しているんだったな。無理な話でもないのか。ふっふっ。宇宙に死体。それは見つかるわけがないなぁっ!!
『これからは、君の鬼畜っぷりを参考にさせてもらうよ。私も君みたいにうまくできるかな?』
「できるともっ! 一緒に殺人を楽しみながら生きていこうっ!」
『ケケケケッ! よろしくなッ! 笹山喜八ッ!』
それからと言うもの、気に入った女を見つけては、腐神の力で心を操り、深夜に私の家に訪問させた。
家に着いたところで、術を解き、恐怖する女を痛ぶるのだ。毎晩、毎晩、殺す、犯すを繰り返す。
尽きる事のない私の精子を、今夜も女の体に撒き散らかした。
「はあっ、はあっ、はぁ……」
腐神の言う通り、両手を翳すと、サアァッという音と共に、女の死体は砂の様に細かくなり消えた。
これで宇宙空間に移動できたのだと言う。
か、完璧だ。夢ようだ。これで命尽きるまで女を殺せるッ! 俺は快楽殺人者として人生を全うできるんだッ!あはははっ!
殺す女に金も持って来させた。だから働く必要もなかった。大好きな殺人と読書に明け暮れる日々。最高だった。
そして、40歳になった私は住み慣れた町を離れ、新たな土地で古本屋を始める事にした。『本好きな女』に私はさらに欲情するからだ。
『
ここに来た女は、奥の部屋で惨殺する事に決めている。本の中でも古本に興味を持つ女など、なかなかいないからな。トリュフやキャビア、フォアグラ的な高級感を味わわせてもらう。
月に2、3人は罰天堂に来た客の女を殺した。女が手に取った本について少し語り合ってから、腐神の力で動けなくする。驚き、恐怖に歪む顔が堪らなかった。
やはり、古本屋に来るような女の性器の匂いはトリュフの様だ。とても芳しい。そして、キャビアの様な気品のある塩気。フォアグラの様に上品に舌に纏わりつく愛液。私はまるで高級レストランにいるような気分になれた。
「さて、そろそろ代わるか?
私はあの出会いから22年。腐神の事を『操』と名付けて呼んできた。操は女の性的な部分には興味がなく、解体専門だ。そちらに興奮するのだと言う。
『はあっ、はぎゃあっ! この女の心臓っ! 超エロいぞぉっ♡』
こんな感じで2人して、快楽殺人をエンジョイして生きてきたのだった。
そして、86歳のある日。
私は罰天堂で1人の少女と出会う。歳は10歳といったところか。たまにはガキもいいか。汚れを知らぬ体を思い切り汚すあの感覚も嫌いではない。さて、どの本を手に取る?
私は度肝を抜かれた。
その
とてもガキが読む様な物ではない。どうせすぐ棚に戻すに決まって……
戻さないだとっ!?
一心不乱に読んでいる。何者だ!?私は堪らず声を掛けた。
「なんだい君? 小さいのにそんな本に興味があるのか?」
「えっ? ま、まぁ」
これが後に、残酷神ネル・フィードと契約を果たす『百合島杏子』との出会いだったのだ。
『何かが起きる』
そんな期待と不安が私の胸を高鳴らせた。
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