第20章 ささやき 3

第168話 江龍 紅愛

 私の名前はりゅうくれ。極道、梅宮組の女武闘派として、裏社会では名が通っている。その辺のチンピラより、よっぽど私の方が強いよ。


 親が反社でね、流れで私もそっちの世界に足を突っ込む事になったんだ。暴れる事ができるなら、なんでもよかった。ただ、ルールに縛られるスポーツや格闘技なんかはごめんだね。


 『ムカつく奴は殺せる』


それぐらいじゃないと私の『ぬえ』は満足してくれないよ。


 『鵺』ってなんだって?知らないのかよ? 壊す、殺すをいとわない、最強の拳法の名前さ。私はその『鵺』を4歳の頃から祖父に叩き込まれた。


 小学生の頃は学校で暴れるなんて事はしなかった。あくまで女の子らしく、しとやかに振る舞っていた。


 『文武両道』


 それが当時の私のモットー。英語も小学生の頃から自主的に勉強していた。将来は海外で仕事がしてみたい。なんてバカな事も本気で思っていたな。









「ねえねえっ! 江龍さんっ! 一緒にやろうよぉ! バスケッ!」



 私は背が高かった。中学2年の時には177センチになっていた。そんな私にスポーツ系の部活の勧誘はひっきりなしに来た。でも、全部断った。


 私は早く帰って鵺の稽古がしたかったし、バレーだのバスケだの、あんな球を投げたり叩いたりするものには全く興味がない。


 だけど、そんな私にも鵺以外に興味のある事があった。中2の女子だ、恋だってするさ。先輩で生徒会に所属する真面目な人だった。でも、背が高い私を揶揄からかってくる男子に対して


 『人の見た目を揶揄からかうなっ!』


 ってマジで怒ってくれたんだ。私としたことがキュン♡としちゃってさ。


 そんなある日、帰り道で先輩を見かけた。






「おい、てめぇ金持ってんだろっ!」


「出せや、中坊がぁっ!」


「持っていません。持っていてもお金なんて渡すわけがありません」


 志嘩羽しかばね高校のワルだ。先輩にたかってやがる。どうしよう、助けたい。でも学校での私のイメージが崩れてしまう。




 バキッ!



「ぶはっ!」



 カチャッ!




 あの野郎! 先輩を殴ったな。で、今のカチャって音は歯が折れて地面に落ちた音だ。


 前々から志嘩羽のクソどもは気に入らなかったんだよねぇ! 偉っそうに! もう、我慢ならんわっ!



「ねぇ! あんたら志嘩羽だよねぇ?」


 私はその2人にガンを飛ばしながらゆっくりと近づいた。


「うおっ、背のでけぇ女が出てきたぞぉっ! あははっ!」


「アッコ和田だべっ! あははッ!」


 カチンッ!


「誰がアッコ和田だぁっ! おらあっ!!」


 ズギャンッ! バキャンッ!


「あ、がはっ!」


「つ、強ぇ……!」


 ドサッ!


  ドサッ!


 身長を揶揄われた私はブチ切れて、鵺で不良を瞬殺してしまった。もちろん好意を寄せる先輩にその姿をバッチリ見られてしまった。


「え、江龍さん。暴力はよくないんじゃないかな?」


「す、すみま、せん……」


「じゃ、じゃあ、さようなら」


「さ、さようなら」


 オ、オワタ。私の淡い初恋が。淡かったなぁ。そもそも私に恋なんて、どうせ無理なんだ。


 『あの人』だけが私のアイドル。


 結局そうなるんだ。『あの人』にかなう男なんてそうそういるもんじゃない。


 『甲賀陣平』


 私はその武道の達人『甲賀陣平』に憧れていた。かっこいいんだよ。おじさんなのに。私の進んでいる道とは真反対の『日の当たる道』を突き進んで来た彼は、現在一線からは退き、どこかでひっそりと暮らしているらしい。


 『いつか甲賀陣平と戦いたい』


 そんな思いも乗せて、私はさらに鵺の攻撃の『威力』と『精度』を高める為に稽古を重ねていった。


 私は高校卒業と共に梅宮組に所属した。その頃には私の実力は組の中でもトップクラス。シマを荒らしたクズなんかを半殺しにするのが私の仕事のひとつとなっていた。


 8年が過ぎた。最近ようやく裏社会での仕事が板に付いてきた。そんな時、信じられない噂が流れ始めた。


『ピンクの髪の女による反社狩り』


 まさかっ、嘘だろっ? 女が一人で? 夜な夜な反社の人間を殺して回ってるだと? ざけんなよ。


 って事はいづれ私の前にも現れるって事か? はっ。そん時がその女の最期だ。鵺の餌食にしてやるっ! 逆にぶっ殺してやるよ。


 そんな事を考えながら夜のジョギングをしていた時だった。



 ガンッ!!



「ううっ……!」



 ドサッ!



 ちょうど人気ひとけのない路地で、私は何者かに背後から襲われたっ! 不覚。ヤバいっ! 恨みは散々買ってるからな。余計な事……考えながら……走ってたせい……だ



 私は何人かの男に車に押し込まれ連れ去られた。なんかの注射も打たれて頭も体もフラフラだった。



 















 気づくと私は全裸。どこかの倉庫のようだ。両手は頭の上で縛られ、脚は股が開かれた状態で縛られていた。まわされるッ!


 目の前には男が6人。


「やっと目が覚めたなぁ。待ってたよ。あんた強ぇから、ちょいと卑怯な手を使わせてもらったよ。へっへっへっ……」


「あんたの恥ずかしい写真。ちゃんとネットにばら撒いたから。ひゃひゃひゃっ!」


「やっぱ たまんねぇな。こいつマジで可愛いなぁ♡ 俺からやらせてもらうぜぇ!」



 カチャカチャカチャ……


 ひとりの男がベルトを外し、ズボンを下ろした。ギンギンのペニスが私の丸出しのアソコに近づいてくる。



 ヌチャヌチャ……ヌチャ!



「やめろぉ──────ッ!! 絶対にお前らっ!! 八つ裂きにしてぶっ殺すからなぁっ!!」



 そう叫んだ直後、薬が余計に回ったのか、意識が吹っ飛んだ。



「あははっ! 全員イッたら紅愛ちゃんは用済みっ! 殺すからねぇ! だから僕ちゃん達を八つ裂きにはできないんだよぉ!」


「あははっ! あはははっ!」




 ギシギシギシギシッ!




「ああっ! やべぇ! こいつ、めっちゃ絞まるッ!………イクッ!」



 1人目、射精。



 ギシギシギシギシギシギシッ!



「気持ちいいっ♡ ああっ……出るッ!」



 2人目、射精。



 ギシギシギシギシッ!



「殺すの、もったいないっ、なっ!……うおおおっ! うおっ!!」



 3人目、射精。



 薄らボヤけた意識の中で、膣に感じる男達のペニスの拍動。子宮に飛び出す精子の感覚。畜生っ……早く殺せッ──────!!



 くっそおおおおおおっ!!!!



















 その時だった。






「は〜い♡ お楽しみ中 失礼しまぁ〜す♡」



 その場の雰囲気にそぐわなさすぎるバカみたいに明るい女の声。まさかっ!?



「あらあら。可愛い女の子に何してんの? あんたたちは」


 私は重い瞼を見開いて、その声の主を見た。


 ピンクの髪、黒のコスチューム、ポッチャリ系のおばさん。


 『反社狩りのピンク』っ!!


 出やがったッ! まさかこんな格好で出くわす事になるとはっ! ヤバいッ!


「こ、こ、こいつって、まさか?」


「は、反社狩りっ!?」


「この女がっ? うっそ?」


「あははッ! ちょいぽちゃだけど可愛いじゃねーの! こいつもやっちゃおうぜッ!」


 その直後、私は地獄絵図を見た。



 反社狩りのピンク。その女は右手から黒の炎を出した。そして、その炎は蛇となり、男どもの首を次々とねていった。


 そして、コンクリートの地面に転がる奴らの頭を6つ、横一列に並べると、サッカーのPKを楽しむように壁に向かってひとつづつ蹴り始めた。



 バンッ!   グチャ!



 バンッ! グチャアッ!



 バンッ! グチョッ!



 バンッ!   ベチョッ!



 バンッ! グッチャッ!



 バンッ!    ブシャアッ!





「クズどもが……!」



 反社狩りのピンクはそう言うと、あたりに散らばった血液や脳みそ、頭のない死体、その全てを黒の炎で燃やし、蒸発させてしまった。


「あ、あっ、あわ……」


 私は人生で初めて恐怖と向かい合った。男どもに乱暴にされ、ひりついたアソコからしょんべんが自然と流れ出た。


 ビチャビチャビチャ……!



「大丈夫よ、お嬢さん。あなたには何もしないわ。今 ほどいてあげるから」


 ボオオオォォォォ……


 先程とは打って変わった優しい炎で、その女は私の手足のロープを燃やしてくれた。



「はあっ、はあっ、はあっ!」


 私は地面に四つん這いになり、項垂れた。こんな屈辱は初めてだ! こんな……はずかしめをっ……!


「ねぇ」


「な、なにっ……!?」


「とりあえず聞くけど、あなたは……反社じゃないわよね?」


 ビクウッ!!


 その問いに背筋が凍ったっ! ヤバいッ! ど、ど、どうすればっ!?














「そ、そんな、違うに……決まってるじゃないですかぁ。あはは……」












「だよね? あははは。じゃあねー! 早く帰ってシャワー浴びなよ♡」



 そう言って、反社狩りはいなくなった。













「うわああああっ!!」



 わ、私は、恐くて嘘をついたッ! 最強の鵺を会得して、その辺の男には負けない、強い女の私がッ!


 なんだっ? なんなんだっ!? 今の私は? 犯されて、しょんべん漏らして、ビビって嘘ついてっ! 死ぬほどだっせぇしッ! あ、そうだ……私の裸、ネットに晒されてるんだった。あははは、あはは……。



 私はその日から、部屋に籠った。



「死にたい……死にたい……殺したい……殺したい……死にたい……死にたい……殺したい……」


 毎日ベッドの上で頭をクシャクシャにしながら、呪文のように同じ言葉を繰り返していた。


 そんなある日、突然だった。












『誰を殺したいんだ?』










 私の耳元で声がする。


『お前、死にたいのか?』


「だ、誰だッ!?」


『ケケケケッ! 何をそんなに絶望している。お前のような恵まれた人間が』


「私が、恵まれて?」


『お前からはカリスマオーラが出ている。本来ならば人の上に立つべき人間であろうな』


「カリスマ……そ、そうよっ! 私は最強の女武闘派、江龍紅愛ッ! なのにッ! あの時の、あのせいでッ……!」


『ケケケケッ! 私がすべて……なかった事にしてやろうか?』


「な、なんだとっ!? そんな事っ……」


『ケケケケッ! できるできるっ! 私は神なのだからな』


「ぬ、鵺っ! 鵺だけはっ! 消さないでッ!」


『鵺? それは?』


「わ、私が長年かけて会得した、大事な拳法っ! それだけは忘れたくないッ! あああ……」


『鵺、拳法か……?』

(こやつ、私の囁きで意識は朦朧としているはずなのに。よほど思い入れがあるようだな。その鵺とやら……)


「人生、やり直す! リセットしたい……鵺と共に!」


『そうだっ! お前はその鵺で思う存分 暴れていいぞっ! 腐神最強になるのだッ!』


「腐神、最強……私は、最強の女武闘派。甲賀陣平と戦いたい……」


『ケケケケッ! 戦えッ! お前の中に眠るカリスマを呼び起こすのだッ!』


「私は、誰にも負けない強い女ぁっ!! クソどもを殺すッ! エロい男はぶっ殺すッ!」


『そうだっ、そうだっ!! さぁ! 腐神『羅苦雷らくらい』と契約するのだッ! お前の憎むべき存在を鵺と雷撃で一掃しろッ!』


 ドロドロドロォッ!!


 私の記憶はその辺りで途切れ、目が覚めると私はサラシを巻いたパンツスーツのOLの格好をしていた。眼鏡もかけていた。


 普段からジャージをよく着ていた私には少し堅苦しい気もしたが、問題なく鵺は使えそうだ。


 こうして、私の記憶からは鵺以外は消えていった。甲賀陣平と戦いたいという武闘家としての夢も。



『ケケケケッ! 今日からお前は腐神『羅苦雷』の契約者『エクレア』と名乗るのだッ! 行くぞッ!』


『キャハハハァッ! くそ人間どもには、deathあるのみッ!』



 少しだけ、ガキの頃勉強した英語の記憶も残っていたみたいだ。

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