第19章 アウトオブカテゴリー

第164話 猛省して

 腐神『威無イヴ』は天使イバラの肉体を手に入れた。その姿、身長2m、金髪のウェーブのかかったロングヘア。金のネックレスを何本も首からかけ、衣服は白い布を軽く纏っているに過ぎない。異常に大きな瞳は紺碧こんぺき。額にある第3の目は真紅に輝く。


 イバラの可愛さにグラマラスを足した様な見た目だった。


 亜堕無アダム威無イヴ


 その2体の腐神はゆっくりと宙に浮くと、何か喋りながら、笑いと共に飛んでいった。その場の4人を全く気にする事もなく。




 ミーン、ミーン、ミーン……



 斬咲、エクレアの発する異様な空気を察知して、鳴くのをやめていた蝉たちが少しづつ鳴き始める。いつのまにか雷雲も消え去った。


『牙皇子様ッ! 牙皇子様ッ! ゲロゲロォッ!』


 亜堕無と威無の出現に、正に『蛇に睨まれた蛙』状態だったフロッグマン。必死に杏子を起こそうと声をかけ揺らすが起きる気配がない。


「か、加江、君……」


『く、黒宮っ!! ゲロッ!』


 亜堕無の膝蹴りを顔面に喰らい、気を失っていた藤花。仰向けになり、フロッグマンに問いかける。


「さっきの腐神、仲間なんじゃないの? 牙皇子だった杏子ちゃんを、攻撃してたよね……?」


『あ、あ、あれは完全に想定外ってやつだっ! ゲロゲロォッ!』


「想定外……?」


『あんな強い奴だなんて思ってなかったッ! 完全にザコだと思っていたんだっ! ゲロッ!』


「斬咲が言ってた大した力もないくせに……反抗的な2体の腐神。それがアレってわけね……』


『そ、それよりっ! 黒宮の仲間がヤバいッ! 早く牙皇子様を起こして治療しないとっ! 死ぬぞッ! ゲロゲロッ!』


「うっ、西岡さんがっ?」



 ボタボタボタッ!



 藤花はゆっくりと体を起こす。鼻骨が折れた為、鼻血が一気に流れ出る。頭がクラクラして、目もボヤける。


 真珠の腹部からはおびただしい量の出血。誰が見てもヤバいのが分かる。


「杏子ちゃんに、こんな傷を回復する力があるの……?」


『このぐらいの傷は朝飯前だっ! なんと言っても頭だけから復活できる力を持ってる人だからな! ゲロッ!』


「そうだったね……」


 藤花は杏子に近づいて、そっとキスをした。ガチっと自分の歯と杏子の牙が当たった。改めて、自分のせいで杏子をこんな姿にしてしまったのだと悲しくなった。


 もちろん、イバラの事も。


『んはっ……!!』


 杏子が嘘の様に目を覚ました。


「大丈夫? 杏子ちゃん……」


『な、なにそれ? 藤花っ!! 鼻血ぃぃっ!! 痛くない? 痛いよねッ!? すぐ治してあげるからっ♡』


「私よりも先に、西岡さんをお願い。死んじゃう……」


『西岡さん? あっ、さっきのおばさんね。分かったよ』


 杏子は真珠の体に手をかざした。


『はあっ! ベホマドゥンッ!』


『絶対その呪文みたいな言葉言わなくても治せますよね? ゲロゲロッ!』


『雰囲気……大事だと思わない?』


『大事ですね。はい。ゲロゲロッ!』



 シュワワワワァァアッ!!



 真珠の体が細かい泡に包まれた。



 シュウウウウッ……



 30秒程でその泡は消えた。


『これでこの人は治ったよ。褒めてッ! 藤花ッ!』


「杏子ちゃん、すごい。最高。ファンタスティック」


『えへへ♡ だよね?』


「じゃあ、私もお願い」


『おけまるですっ♡』















 その後、杏子は自分の傷も回復。藤花、真珠、杏子、フロッグマンの4人は、とりあえず強い日差しを避け、木陰に座り話す事にした。



 『イバラの腐神化』


 おぞましい現実。仲間が腐神にされるなんて考えてもいなかった。その危険性も考慮すべきだった。


 残酷神をも一捻りにする圧倒的パワー。そんな力をどうして杏子は『ザコ』として扱ってしまったのか? 藤花は疑問が尽きない。


『本当に力を感じなかった。ゼロワールド最弱だと思ってたもん』


『右に同じ、ゲロッ!』


「腐神がイバラちゃんの体を乗っ取るなんてっ……信じられないよ。どうやって戦えばいいの?」


 混乱する藤花に対し、杏子はあっけらかんと言い切った。


『天使イバラはもう消えてる。完全にすべてを乗っ取られてるから、気にせずに戦って大丈夫だよ』


「そういう問題じゃ……」


『じゃあ私があの威無、殺ってあげるよッ!』


 その言葉を聞いた藤花の顔は、一気に表情を失った。


「私、杏子ちゃんに言っておく事があるのを忘れてた」


『なあに? 藤花♡』







 バチンッ!!!!



 藤花は思い切り杏子にビンタをした。杏子は俯き、ガクッと力が抜けた。


『い、痛いよ。藤花……』


「杏子ちゃんは私の大事な仲間を殺した。仲間の大切な人も殺したっ! 罪のない人も殺したっ! 本当に許せない! 『私の為』とか本当にふざけないでっ!!」


『ご、ごめん……なさい』


「それからっ!! 私は杏子ちゃんが本当に死んだと思って、マンションから飛び降り自殺したんだよっ!!」


『と、飛び降り自殺ーっ!?』


「それを助けてくれたのが天使イバラ。イバラちゃんだったんだよ!」


『そ、そ、そ、そうだったの?』


「私が杏子ちゃんの事をそこまで想ってるとは思わなかったんだね。追いかけて自殺するとか考えなかったんだっ?」


『そ、そ、それ……は』


「天使イバラがいなかったら私は死んでたの。杏子ちゃんの考えが、いかに浅はかで馬鹿だったか分かるよね? 本当に猛省して」


『はい……』


「私の余命はあと3ヶ月もない」


『……えっ?』


「私は闇雲病に犯されてるの。余命3ヶ月を宣告された」


「闇雲っ? それテレビで見た事あるかもっ! 目が見えなくなって、いづれ体も動かなく……』


「それだよ」


『な、なんで藤花がそんな病気にっ! 私が治すッ!』


「私もイバラちゃんと一緒。アンティキティラの力で病は飛ばされてる。それと引き換えに力を得たの」


『藤花が死んじゃう! な、なんとかしなくちゃ……!』


 杏子は急にあたふたし始める。


「私の事はどうでもいいの。とにかく杏子ちゃんがした事の後始末……するよっ!」


『うん……後始末……する』








 その時ッ!



『き、牙皇子様あああぁあっ!』



『!? お前っ、鎖鎖矢餽ッ!』

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