第162話 お気に入りの器

 イバラの耳元に囁きかける声。それは腐神『鎖鎖矢餽』。これまでの腐神の契約に一役買っていた参謀的存在。


 そんな彼が突如としてこの場に現れ、杏子の命令なしで、新たな腐神を誕生させようとしていた。


『鎖鎖矢餽、もういいっ! ゼロワールド計画は中止! その契約したがらない奴は腐神界に戻す!』


 ビシュン!!


『それは聞き捨てならないなぁ。残酷神さん……』


『なっ!?』


 あの『外ばかり見ていた腐神』が杏子の前に突如、現れた。


 カチッ!


『ふう〜。ねえ、教えて欲しいんだけどさ。人間はなんでこの煙草って物を吸うんだい? この煙を吸う行為にどんな意味があるのだろうか?』


『お前、なんだ急に! ずっとボーっとしてたくせにっ!』


『ふう〜、本当ミューバのやることはいろいろと、理解に苦しむ……』


 腐神はそう言うと、煙草を地面に捨て、靴で踏みつけ火を消した。杏子のイライラは増すばかり。


『お前もその人間から取り出して腐神界に送り返すからな!』


『自分からコンタクト取ってきておいて、それはなくない?』


 その腐神、見た目はチャラいホストのよう。唇と耳にピアスをしており、金髪のロン毛を靡かせている。上半身は裸、身長は2m以上ある。


『ザコが。残酷神わたしに楯突けるとでも思ってんの?』


『いま鎖鎖矢餽さんが口説き落とそうとしてくれてる彼女。ようやく『威無イヴ』が気に入った器なんだ……』


『あっそう。でも契約したところでザコのあんたたちはすぐに私がぶちのめして消滅させる。言うことを聞くなら、今のうちってことよ』


『ザコザコって うるさいなぁ。残酷神さん、あなたにはがっかりだ。僕と威無イヴの力を見誤るなんて』


『見誤る?』

(ネルが言ってたのはマジなの?)


『あっ、そろそろ契約が成立するんじゃない?』




 イバラは脳に直接語りかけてくる鎖鎖矢餽の誘惑に心が揺らいでいた。それほどまでに、イバラ心は疲れ、弱りきっていた。








「私には輝く価値が……?」


『そうだ。死んだらそこで終わってしまう。お前の可能性が消えてしまう。まずは生きなくては輝けない。そうは思わないか?』


「私の……可能性……生きる……」


『やめろって言ってるでしょ! 鎖鎖矢餽、殺すわよッ!』


 杏子がイバラの耳元に潜む鎖鎖矢餽を蹴散らそうと身構えた。


 ガシッ!


『なっ? は、放せっ!』


『残酷神、お願いだ。僕は威無とミューバで遊ぶ約束をしているんだ。邪魔はしないでくれ。頼むよ』


『遊ぶ約束ぅっ?』

(この私が動けない!? 手首がちぎれそうだっ!)


 チャラい腐神の力と圧力に身動きが取れなくなった杏子は、項垂れている藤花に大声で呼びかけたッ!


『藤花! 見えるでしょっ!? 天使イバラの耳元にいる腐神を殺さないと! このままだと天使イバラが腐神になっちゃう! 藤花ぁーっ!!』


「気持ち悪い、レズが感染うつる。イバラちゃん、ごめんなさい。許して……」


『藤花……っ!』

(ダメだ! 完全に故障してるっ!)













「はーいっ♡ 腐神さん! イバラはあげないよー!」


 真珠がイバラの耳元で囁く鎖鎖矢餽をロックオン! 引き離しに掛かる!


『よし! ピンクのおばさん! 鎖鎖矢餽はめちゃ弱いから! ぶっ飛ばして! お願いっ!』


「おっけぇ〜♡ 喰らいな! ブラックマンバ!!」


 ブアオオオオッ!!


 真珠の命の炎が唸る!


『鎖鎖矢餽さんがめちゃ弱い? それはどうかな?』


 チャラい腐神は不敵に笑う。


 グシャアッ!!


「あっ、が、がはあっ!」


 ドサッ!!


『大事な威無様の契約中だ。邪魔しないでくれよ。ケケケッ!』


 鎖鎖矢餽の爪が、鋭いやいばとなり腹部を貫通。真珠は血を吐き、その場に倒れこんだ。


『な、なんでよ!? 鎖鎖矢餽の攻撃レベルじゃない!』


『僕がちょちょいと改造してあげたのさ。鎖鎖矢餽さんは素晴らしい能力をお持ちなのに、攻撃力がやたらと低かったのでね』


『鎖鎖矢餽を改造っ!?』


『いま彼は、自分史上『最強』の状態にあるのさ』


『もうっ! 離せ! この野郎っ!』


『少し静かにしててもらおうか』


 チャラい腐神は杏子の手首を掴んだまま持ち上げ、思い切り地面に叩きつけ始めた!


 ドガッンッ!


『ぎゃっ!』


  ドガッンッ!!


『ぶはっ!』


 ドガッンッ!


『うがっ……』


 ドガッンッ!


『…………』


『これでよし。やはり静寂は心が安らぐ……』


 ポイッ!   


     ドサッ!



 腐神は気を失った杏子を無造作に地面に放り投げ、最終局面を迎えた威無とイバラの契約成立を見守る。


『さあ。腐神となり永遠の命を手に入れ、すべてを思うままにするのだ。もう、死を恐れることはない。愛する人をずっと側で見守ってあげればよい』


 鎖鎖矢餽の声に、イバラは震え、涙が溢れ出す。


「マ、ママ……離れたくない……ずっと一緒にいたい、死にたくない……」


『ずっと大好きなママと生き続けるのだ。死ぬなんてまっぴらごめんだ。生きていなきゃ意味なしだ!』


「はあっ! はあっ! わ、私は……生きるッ! はぁ、はあっ! ママと生きたいっ!!」


『威無様と契約を交わしなさい。こんな光栄なことはないのだ。最高の人生がお前を待っている』



 ドロドロォッ! 


 ビッチャ!  ビッチャ! 



 イバラの目の前に、喜び跳ねるように現れた『威無イヴ』という名の腐神。意識朦朧のイバラはゆっくりと口を開けた。



「イバラちゃんっ!! ダメぇ──────ッ!!」



 藤花が正気を取り戻した!


 イバラの腐神化、果たして食い止めることができるのか!?

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