第148話 ノクターン

 天使イバラのバミューダ病発症の知らせが、アラームのように頭の中で鳴った気がした。よきよき。


 そろそろ私の計画を実行に移すとするか。ようやくあいつを利用する時が来た。加江昴瑠。お前をな!


 私は深夜、加江と合流した。


「やっほ! 加江君っ! 久しぶり」


「こんな時間の呼び出しということは、ついに悪魔が来るのかい?」


「そうなの。パワーアップを遂げた悪魔が人間界にやってくるんだよ!」


 私と加江は通っていた夜羽女やばめ小学校の屋上で合流。互いに腐神の力で空は飛べていた。


「じゃあ、ついに俺の力が全開放されるんだね? 百合島さん」


「力を貸してくれる?」


「もちろんさ。この日をずっと待ってた。神の力のおかげでこの2年間、本当に楽に生活できたよ。バレない様にするのが大変だったぐらいさ」


「よかったよ。じゃあ、まずは加江君に宿っている『神』に、すべての力を開放するように伝える!」


「頼むよ!」


 私は加江の中にいるゲロゲロに、腐神語で語りかけた。


「おい、ゲロゲロ。起きてるかっ?」


『もちろんです。残酷神様。ゲロッ!』


「お前が私の役に立つ時が来たぞ。その人間に腐神の力すべてを注ぎ込むんだ。許可する」


『ゲロゲロッ! やっと暴れることができるんですね! ゲロゲロッ!』


「そうだ。早くその人間の体を乗っ取ってしまえ!」

(すべての力を加江に移動した瞬間、あんたは消えちゃうけどね。てへ♡)


『うおおおおっ! ゲロゲロォオ!』


 ゲロゲロの腐神は力を一気に解放した。その瞬間、加江の体が大きく歪み始めた。


 ブオブオブオブオッ!!


「うっ、うわぁっ────!!」


 加江の叫び声が校舎に響き渡る。





 ずおおおおおんっ!!


















「ハロー! いらっしゃい。加江君」


『うぅ、俺はどうなったんだ? ゲロッ!』


 加江の見た目は、二足歩行の巨大なマッチョの蛙になった。


「あっはははっ! ネル・フィードの言った通りだあっ! カエルだっ! カエルになったぁっ! あっはははッ!」


『か、かえる? な、なにが? 俺がかえるに? ゲロッ! な、なんだ勝手にゲロって声がっ!』


 加江は自分の体の変化と奇妙な発声に驚き、私に詰め寄ると、大声で叫んだ。


『百合島さんっ! なんなんだよ! 俺はこんなカエルみたいな格好になるなんて聞いてないぞっ! ゲロゲロッ!』


「黙れ。加江昴瑠」


『えっ? ゲロッ!』


 私は加江に対し、このタイミングでついに本性に表に出す。


「足も無事に生えたわね。あんたには私の手下として働いてもらうことになってんの」


『手下っ!? 仲間だろ? 悪魔と戦うんだろッ!? ゲロゲロッ!』


「んなもんいるかよ。バーカ」


『な、な、どういうことだよ!?』


「加江、あんたさぁー、小6の時に同じクラスの黒宮藤花のこと、いじめちゃってくれてたよね?」


『黒宮っ? いじめたって、方舟様のことかよっ? ゲロッ!』


「そうよ。私の大事な藤花を執拗にいじめてくれたよね? 永遠の方舟をバカにしてさあ」


『あ、あれは、確かに悪かったと。だからっ!! ちゃんとバチが当たって事故にも……』


「あの事故は私が起こしたのよ。この残酷神の力を使ってね……!」


『ざ、残酷神っ!? ゲロゲロッ!』


「永遠の方舟にあんたを事故に遭わすような力はない。だからバカにするのもあたりまえ。だけど、相手が悪かったね。ダメだよ藤花は……」


『あの事故は百合島さんが? 俺を憎んで? 殺そうとしたのかよっ?』


「そそ。あの時、初めて力を使ったからうまくいかなくて。殺し損ねた感じ。別にその後も殺そうと思えばいつでも殺せたけど、足のないまま生かしておくのも、それなりに地獄なんじゃないかと思ったのよ」


『そ、そこまで黒宮のことを? 俺を殺そうとするまで? ゲロッ!』


「あたりまえでしょ? 藤花をいじめたあんたの命なんて、正にその辺で轢き殺されるカエル程度のものなのよ。私にとっては」


『ぐっ! ゲロゲロッ!』


「殺さず、しかも腐神の力まで与えてやった。この2年、随分と楽できたでしょ? あんたには私の手足となり働く義務があんのよ!」


『ゲロゲロ……』


「私はこの世界をひっくり返す。永遠の方舟の信者以外は亡き者にする。その為にカルト教団『ゼロワールド』を結成する。あんたにはその一員になってもらう」


『この世をひっくり返す? ゲロゲロッ! ゼロワールドって?』


「さあ、私の言うこと聞くの? 聞かないの? 聞かないというなら、今すぐあんたには消えてもらう……!」


 すっ!


 私は殺意を込めた右手を、加江の左胸に向けた。


『…………』


 カエルの腐神と化した加江は、力なく俯き、黙ってしまった。


「返事がないね。抵抗とみなし、あんたを殺すッ!」


 私が右手に力を込めた、その時っ!
















『百合島さーん♡ 君っ! 超かっこいいよぉっ!! ゲロッ!』















「はあっ!?」


『ゼロワールド? なにそのカッコいいネーミングっ! 人類滅亡的な? 前に言ってたことと真逆じゃないかぁ! ゲロッ!』


「なに? バカにしてんなら殺すよ」


『ちょ、待ってよッ! 俺は本当に百合島さんのことをかっこいいと思ったんだ! もちろん協力もさせてもらうよ! ゲロゲロッ!』


「妙に素直ね。あんた人類の敵を倒すことに憧れてたんじゃないわけ?」


「ゲロゲロッ! あの時は力が欲しくてそう言ってたけど、実際、俺もこの世界はどうかしてると思ってたんだ。ゲロゲロッ!』


「へえ。そうなんだ」


『足を失くしてからも、ムカつく奴らは大勢みてきた! ゲロッ!』


「ちなみに、あんたの親も殺すよ?」


『構わない。俺のことなんて、もうお荷物にしか思ってない。弟のサッカーの応援で忙しいんだ。将来の日本代表とまで言われてる弟だからな。ゲロゲロッ!』


「あらあら。足を失くして親の本質を知ってしまったのね。嘆かわしい」


『健常者がえらく生意気に見えた。俺のことを下に見やがって。ゲロッ!』


「加江、あんたいい感じに腐ってんじゃん! 使えそうね」


『よろしくお願いします。百合島さん。ゲロゲロッ!』


「あー、私のことは今日からこう呼んでくれる?」


『ゲロゲロ?』


「残酷神ネル・フィードとの契約者……『牙皇子きばおうじ狂魔きょうま』ってね!」


『き、牙皇子……様?』


「そうよ。さあ、加江! まずはアジトを決めるよ。行くぞ!」


『了解ですッ! ゲロゲロッ!』




 ギュンッ!


   ギュンッ!




 私たちは校舎の屋上から飛び去った。そこには長年愛用した、加江の車椅子だけが残された。


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