第145話 アタックチャンス

 始業式の翌日の土曜日。私たちは満開のSAKURAのライブに出かけた。


 私たちの住むW市の下戸げこ九条くじょうには『竜巻たつまき』という300人収容のライブハウスがある。


 満開のSAKURAのライブハウスツアーの中には、その竜巻が含まれていた。藤花はルンルンだ。


「う〜ん♡ 『まんさく』がこんな近くに来てくれるなんて、超ラッキーだよね!」


「そだねー!」

(早く帰りてー)


 私たちは『神チケット』を提示して、会場内の『神スペース』へ。いわゆる最前列。応援スペースは男女で分かれてるって話だったから藤花は安心して来られたわけ。


 永遠の方舟には『20歳まで異性に触れるな』とかいう、これまたくだらない教えがある。藤花は応援スペースが男女で分かれていなければ、ここへは来てなかっただろう。


 まるで藤花の為に分けてるみたいだ……と私は思ってしまった。


 天使イバラ、あんたが現れてからというもの、私に対する藤花の愛が薄まってる気がするのよ。だから、ハッキリ言うとさぁ……!




 『死んで』




 邪魔なの。藤花は『私だけ』じゃなきゃだめなの。アイドルでもなんでもダメなものはダメなの。


 ごめんね、藤花。私、独占欲が強いみたい。藤花も私がいればいいよね?天使イバラなんて死んでもいいよね?



 満開のSAKURAのライブがスタートした。天使イバラを含む5人で結成されたアイドルユニット。どの子も私のタイプではない。ブスばかり。


 藤花、私には藤花だけ! 他の女の子なんてなにも可愛くない! なんにも気にならないの! 藤花も私だけを見て! 頭の中、私だけにして!






 そんなことばかり考えながら見ていたくだらないライブは、あっという間に終わった。







 私たちは神チケット購入者。ライブ終わり、満開のSAKURAとステージ裏で直接会うことが許されている。



 『チャンス』



 私はそう思った。なんのチャンスかって? そんなの天使イバラを殺すチャンスに決まってるでしょ? 私はネル・フィードと心の中で話をした。


(ネル・フィードッ!)


『なんだ?』


(今から1人の人間に不治の病を植えつけたい。そんなんできる?)


『容易いな』


(どうすればいいの?)


『対象の人間に向かい、病の思念を飛ばすだけだ。脳や心臓の血管を破裂させることもできるぞッ! そっちの方が手っ取り早いんじゃないか?』


(いいのよ。じわりじわりで。いきなり死んだら藤花がショックで倒れちゃうから。きっと……)


『まっ、好きにしろ。俺は寝る』


 私は天使イバラとの対面を前に、緊張する藤花の横で不治の病についてスマホで調べた。その中にちょうどいいのがあった。





『バミューダ病』





 世界中で年間100人? 治療方法は確立されていないか。ふーん。これにしよ。とりあえず、発病まで『3ヶ月の猶予』をあげるよ。天使イバラ、それまでせいぜい藤花を楽しませてあげてね。


 天使イバラは死ぬ。あはははっ! これで少しは日々のストレスが減らせる! そして、悲しむ藤花を私が優しく慰めてあげるの。



「では神チケットお持ちの方ー! お待たせしましたぁ! こちらへどーぞー!」


 スタッフが神チケット購入者を呼びに来た。私たち2人しかいないと思ったら、ちゃんと10人いた。



「あ、杏子ちゃん! ど、ど、ど、どうしようっ! き、緊張するうっ!」


「藤花、落ち着いてよ。大丈夫! 行くよっ!」

(ハグなんかマジでやめてよね……)


 神チケットを持つファンたちは次々と推しメンとおしゃべりをし、チェキを撮った。女の子はハグもして帰って行った。そして藤花の番になった。


「あ、あのこれ、ファンレターですっ……!」


「ありがとうっ! えーと……くろみやとうかさん? でいいのかな?」


「あ、そうです……」


「藤花さんかー、素敵な名前だね!」


「あ、ありがと、ござい、ます」


 藤花めっちゃ緊張してる。天使イバラ! 藤花の『神』は私なの! あんたじゃないッ!



 ズオオオオオオッ!




 私は天使イバラに向かってバミューダ病の思念を飛ばした。3ヶ月後、発症するようにうまくセットできた。手応えがあった! 素晴らしい! 残酷神ネル・フィードの能力っ!



 カシャ、ウイーン!



 藤花は顔を真っ赤にして、なんとかツーショットチェキを撮った。


「あ、ありがとうございましたっ! が、がんばって下さいっ!」


 撮ったチェキを受け取るのも忘れていってしまうほど、藤花は緊張していた。


「ちょっ、藤花ぁっ!」

(よしっ! ハグしないで帰った!)


 私も適当に天使イバラと話をしてチェキを撮った。藤花が忘れていったチェキを受け取り、ライブハウスを出た。


 外にいた藤花は放心状態だった。


「はい。藤花、忘れ物だよ」


 そう言って私は、藤花と天使イバラのツーショットチェキを手渡した。


「あっ、ごめんっ! 私としたことが……」


「ハグもしないで行っちゃうからさー。もったいないなー」

(藤花とハグできるのは私だけ。他の誰にもさせはしないよ……)


「ハグなんてしたら死んでたよ。心臓が飛び出るかと思ったあ。はぁー」


「もう大袈裟だなー」

(私とハグしても死なないくせにっ! 藤花のバカっ!)


 こうして天使イバラとの初対面は藤花にとって最高なものとなった。


 ある意味、私にとっても。












 ビリッ!


 藤花と別れた帰り道。私は天使イバラと撮ったチェキを破って捨てた。

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