第142話 乾杯
工場内に差し込む日差しに照らされて、その真っ赤なスパークリングワインのボトルは綺麗にひかり輝いた。
中身は腐った精神生命体。腐神。
これを加江に飲んでもらう。見たところ私が指示した通り、方舟水晶のネックレスもちゃんと身につけている。
これで奴が腐神を飲み込んでも自我を失うことはない。『加江昴瑠』として私の手下になってもらう。
「百合島さん、それはお酒かい?」
「そうよ」
「なんでお酒なんか」
私はリュックから、さらにワイングラスも取り出した。
「はい。加江君、持って」
「あ、うん」
私は戸惑う加江に有無を言わせずグラスを渡し、もっともらしく語りかけた。
「加江君。君は『神との契約』を心の底から希望しますか?」
「は、はい」
「その力を私利私欲にではなく、人々を救う為、平和を守る為、悪を
「は、はいっ!」
私はどうでもいいセリフを並べたてた。少しでも疑念や拒絶といったネガティブな感情があると、契約に支障をきたすからだ。
私は加江の心を完全にコントロール下に置いた。そう、確信した。
「分かりました。これから神とのコンタクトに移ります。加江君、目を閉じて」
ワイングラスを持った加江はゆっくりと目を閉じた。
次はゲロゲロの番だ。カテゴリー1の腐神の声は、加江に聞き取れはしない。私の話す言葉も奴には理解できない。『腐神語』だからね。
「腐神さん。起きてる? 起きて! 契約の時間だよ」
『うお……そうか、よく寝た……』
加江は私が不思議な言語で話し出したもんだから目をまんまるくしている。逆にそれが奴のハートにクリティカルヒットしたっぽい。目が
「加江君、目は瞑っててね」
「あっ、ごめん!」
再び加江は目を閉じた。では、気を取り直して。
「いま目の前にいるのがあなたが契約する人間よ。もう完全に受け入れ体勢は整ってるから」
『それはありがたい! 人間とコンタクトを取るのに、あと50年はかかると思っていたからな。ゲロッ!』
「私がボトルの栓を外したら、勢いよくイッちゃって」
『分かった。ゲロッ!』
この腐神の『見た目』と『臭い』を隠したまま、一気に加江の体内に送り込む。その後は加江にコイツを逃さないように方舟水晶で抑え込ませる。
「じゃあ、加江君。神との契約だよ。その『空のグラス』にワインでも入っている気分で口を開けて。飲むフリでいいから。じゃあ、乾杯!」
「分かったよ。乾杯!」
加江がグラスを傾け、口を軽く開けた瞬間、私はボトルの栓を外した。
カチャッ!
ズルズルズルゥッ!
ドロドロォッ!
『契約成立ぅっ!! ゲッロォ!』
勢いよく飛び出した腐神は、加江の開きかけた口から、強引に体内へ入っていった。
ガッシャン!
加江は持っていたグラスを落とし、苦しみ出した。
「んごんごぉっ! おががっ……?」
いけー! 手下の完成は近い!
ゴックンッ!
加江は無事に腐神を飲み込んだ。
「はあっ、はあっ!」
「加江君、君は力を手に入れた。今度はその体内に宿した力を留めなくてはいけない。そのネックレスをつけた君にならできる!」
「分かったっ! ごほごほっ!」
加江は意識を集中。小刻みに頷きだした。要領を掴んだみたいね。
「ロックできた?」
「こういうことだったんだね」
私はここで、ゲロゲロの腐神に正体を明かすことにした。『残酷神っぽい』口調で話さないとなめられちゃうからね。がんばるぞ♡
「おい腐神。聞こえているか!」
『きさま、これはどういうことだ! 乗っ取れんぞ! しかも、出ることもできん! ゲロッ!』
「お前は今、誰と話しているのか分かっているのか?」
『お、お前、誰だ? ゲロッ!』
「私は残酷神ネル・フィードだ」
『ゲッ! ゲロォッ!? ざ、残酷神様!? 気づきませんでした! ゲロッ!』
「無理もない。力をだいぶ抑えているからな。きさまはそのガキの体の中で、私の命令があるまでおとなしくしていろ」
『命令? ゲロッ!』
「私の怒りが頂点に達した時、お前には私の役に立ってもらいたいのだ」
『怒りの頂点? ゲロッ!』
「それまで、そいつの日常生活の不自由さを少しばかり解消してやれ。冥土の土産だ」
『なるほど。そういうことでしたか。ゲロゲロッ!』
「ヘタなことをすれば私がお前を消しに行く。その人間もろともな!」
『わ、分かり……ました。ゲロッ!』
私はゲロゲロの腐神にそう念を押し、続けて加江に言った。
「加江君、今、神と話したんだけど……」
「すごいなぁ! 『神の言語』ってあるんだね!」
「でね、ついさっきの話らしいんだけど……」
「なに? どうかしたの?」
「私たちの力を恐れて、悪魔が魔界に帰ったらしいの」
「ええっ!?」
「でも必ずパワーアップして再び地上に現れるみたい。だから、その時までお互い普通に過ごそう」
「な、情けない悪魔だな。分かったよ。その時が来るまで、だね?」
「あ、それまで神様が加江君の体の不自由をなくしてくれるって!」
「本当? それは助かる!」
加江昴瑠。お前はいずれ私の手となり、足となり働いてもらう。藤花の『完全なる幸福人生』を実現させる為に。それまでせいぜい束の間の幸せを噛み締めて生きておけ。
ジャリィッ!
パキッ!
私は加江が落として割ったワイングラスを、強めに踏み締めた。
私と藤花の幸せに、乾杯ッ♡
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