第139話 腹黒の救済者

「俺を救いに?」


「そうよ。加江君は永遠の方舟を知ってるんでしょ?」


「もちろんさ。俺のこの足は永遠の方舟をけなしたからバチが当たったんだと思ってる……」


「その通りだと私も思います」


「百合島さん、き、君は一体?」


「私は、敬虔けいけんなる永遠の方舟の信者」


「き、君もそうだったのか!?」


「加江君のクラスメイトにも永遠の方舟の信者がいた。そして、その子をいじめた結果が、この車椅子生活ということですね?」


「そうさ。タイミング的にそう思った。こんなことがあるのかと驚いた。生きていたのが不思議なぐらいの事故だった。いきなりトラックが俺に向かってきたんだ……!」


 ふん。あの時は殺し損ねた。でも、あっさり死ぬより、それだけの恐怖と絶望の中で生きさせる方が、やはり地獄だったようね。


「私はあなたが反省し、その心を悔い改めれば、再び、希望を取り戻せる方法を知っています。それを伝えたくて来たんです」


「俺に希望? 足を失って大好きなサッカーもできない。どんな希望があるってんだ……!」


「それは加江君。神の力ですよ」


「神の力?」


 私は周りに誰もいないことを確認し、手を触れることなく、加江を車椅子ごと天井まで持ち上げてやった。


「この程度は造作も無いことです」


「う、うわあっ、すごい! これが神の力? 分かったから、お、降ろしてっ!」




 ガチャ!




「足がなくてもこの力があれば生活は一変します。誰の力も借りることなく自由に行動できるわけです。今のままでは少しの段差でさえ乗り越えるのに苦労するでしょう?」


「ああ、世の中バリアフリーなんて言ってるけど、そんなのほんの一部に過ぎない。バリアは至る所にある!」


「綺麗事をどれだけ並べたてた所で、健常者との間にあるバリアを取り除くことは不可能。なくなることなんてないのです」


「障害者になってよくわかった。バリアフリーって言葉自体に嫌悪感を感じる」


「すべての人間が、自然に共生できるのが理想的な社会ですよね」


「俺もそう思うよ」


(よしよし。だいぶこいつの心の中に入り込めたかな?)


 そう感じた私は『加江昴瑠を手下にしてやる作戦』を、淀みなく実行に移すことにした。


「加江君。私はあなたの為に言います。まずは永遠の方舟の信者になるの!」


「俺が永遠の方舟の信者に? そんなことが許されるの?」


「方舟様はすでにあなたの懺悔を聞き入れてくれています。加江君、今しかない。人生を取り戻そう」


「でも……」


「大丈夫、私がついてるから」

(こいつ金玉ついとんのか。さっさと決めろや! だるいわー)


「永遠の方舟が怖いんだ……」


(なるほど。しょうがないな……)


 私は加江が永遠の方舟への恐怖心から入信を躊躇うことも想定内だった。よし。フェーズ2に作戦を移行だ。


「この話はもう少し先にするつもりだったけど、加江君の今の一言を聞いて、いま話すべきだと思った。だから話すね」


 ジャラ


 私は胸元からネックレスを出して、加江に見せた。


「これね、方舟水晶のネックレス。永遠の方舟に入信した者にだけ授けられる不思議な力を持ったネックレスなの」


「不思議な力?」


「そう。あなたはこのネックレスを貰ってくるだけでいいの。永遠の方舟のことを信じろとか崇拝しろとか、そんなことを言いに来たわけじゃないの」


「なんでそのネックレスが必要なんだい?」


「このネックレスには、あなたが手にした神の力を永遠に留めておく効果があるんだよ」

(ふん。腐神になった後も藤花をいじめた記憶とともに、私に服従させる為よ。そのほうが断然面白いからね!)


「神の力か。それには興味がある」


「あなたのように辛い経験のある人こそ、神の力を得て、この世の中を変えるべき。だから私はあなたに会いに来たんだ

(私みたいなかわいこちゃんにこれだけ言われたら男心に火がつくんじゃない? てか、つけよっ!)


「君と俺だけが? 神の力の持ち主になるって事?」


「そうだよ。私のパートナーになって一緒に戦っ……あっ!」


「た、戦う? 俺たちは神の力で戦うのかい?」


 加江の表情が妙に明るくなった。そして、さっきまで死んだ魚だった目が輝き出した。


 『美少女と組んで戦う』


 なんてゲームやラノベはわんさかある。こいつも足を失くしてから、そっちの世界に逃避していた口だろう。それが今、現実になろうとしているのだから無理もないか。もう、ほぼ作戦成功だね。


「そうなの。ごめんね。黙ってて。だから、永遠の方舟に入信したふりでもいいから、このネックレスを手に入れて……欲しいの♡」

(くらえっ! 必殺! セクシーボイス杏子ちゃんよっ!)











「分かった。分かったよ百合島さん。俺、永遠の方舟の信者になる!」


「本当に? よかったー」


「そして、そのネックレスを手に入れる。一緒に戦おうっ!」


「うんっ!」


「で、相手はどんな奴なんだい? 俺は空手も少し習ってたから、けっこうパンチ力には自信があるんだよ」


「そ、そうなんだ……」


「そこにこう、サッカーの技なんかを組み合わせて……あっ! 百合島さんは何か特技とかはあるの?」


 こいつ、まじ、すっげー単純。

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