第131話 百合島杏子 12歳

 ガチャン!



「ただいまー!」


「おかえり! 杏ちゃん。さっきね、永遠の方舟のメロンが届いたんだけど食べる〜?」


「ううん。いらなーい」


「ええっ? なんで? メロンだよっ! おいしいのにぃ……」


 愚かな母親をかわして、私は2階への階段を駆けあがる。


 とんとんとんとんっ!


 ガチャ、バタンッ!


(さっきハンバーガー食べたばっかだし、メロンなんてたいして好きでもないし。それよりも私はやらなきゃいけないことがある!)


 私は生まれた時から『永遠の方舟』という宗教に入信させられている。もちろん、そこに自分の意志は介在していないわけで。


 両親はそのアホみたいな宗教の教えをきっちり守っている。さっき愚かな母親が言っていた『永遠の方舟のメロン』……私たち信者は『永遠の方舟製』の物しか口にしてはいけないんだって。マジでふざけてる。


 『宗教二世の悲劇』


 そんなのをテレビで見たことがあった。まさしく、私もそんな被害者のひとり。そう思ってる。自立したら真っ先にそんな鎖は断ち切るつもり、なんだけど……。


『黒宮藤花』


 私は藤花が好き。違うの。そうじゃなくて『本当に好き』なの。キスとか、そういうことがしたい好きなの。レズ。私はそうなんだよ。もっと小さいうちからね。


 その藤花って子は、なぜかものすごく永遠の方舟のことを信じてる。バカって思うでしょ?


 でも、その純粋な所がめっちゃ可愛いの。眼鏡っ子なのもポイント高いし。髪はサラサラ。白くてぷにぷにのほっぺ。今は触ることしかできないけど、いつかキスするって決めてる。


 そんな私の愛する藤花をいじめたクソ男子の話を聞いた。加江かえ昴瑠すばる? 私が地獄に突き落としてやる。


 そういうことから藤花を守る為、その為に、私は2年前からあることに全力を注いでいた。


 『腐神とのコンタクト』


 私は永遠の方舟のことなんて信じてないけど、無神論者ではない。


 『神はいる』


 私は、そう強く思っている。


 この部屋には方舟信者の親に、絶対に知られてはいけない1冊の特別な本がある。


 それが『腐神』だ。


 古本屋で見たその1冊の本に、私は妙に惹かれた。2年前の10歳の時だ。


 手に取って読めない漢字を飛ばしながらペラペラとページをめくっていると、店主のおじいさんが声を掛けてきてね。












「なんだい君。小さいのにそんな本に興味があるのか?」


「えっ? ま、まあ」


「その本は難しい、そして危ない。だがな、私はその本を手に取る人間を待っていた」


「待っていたって、どおゆうこと?」


「まさか、君のような子供が手に取るとは思わなかった。その本、2万円もするんだ。買えないだろ?」


「はい。高すぎます」


「ならいつでも読みにくればいい。そこの椅子、使っても構わん。ゆっくり読めばいい」


「えっ? いいんですか?」


「そんなに嬉しいか。但し、その本のことは誰にも言ってはいかん。それが守れるか?」


「はい。守るべきことは守ります!」


 その日から、私は古本屋に入り浸った。辞書を片手にその『腐神』という本を読みまくった。読めば読むほど私の中の欲望が膨らんでいく感覚があった。取り憑かれた。


 1ヶ月が過ぎた。


 半分ぐらい読んだ所で、私の『腐神』に対する崇拝感情は確固たるものになっていた。


「おじいさん! 私、この本が欲しい。売ってください! お金なら……」


「バカなことを言うな。誰が売ると言った?」


「えっ?」


「あげるよ。待っていきな」


「本当に?」


「その歳でたいしたもんだ。感心したよ。やりたいことがあるんだろ? そろそろこの世界も限界か……」


「おじいさん。ありがとう。これからも腐神について勉強します。こんな世界があったなんて驚きです」


「なにかあったら、またここに来なさい。いつでも話を聞いてやる。あっ、お前さん名前はなんという?」


「百合島杏子。おじいさんは?」


「私は『笹山ささやま喜八きはち』86歳。いつ死んでもおかしくないが、また杏子ちゃんに会えるのを楽しみにしているよ」


 こうして本を手に入れた私は、その後も何回も読み返し、腐神への理解を深めていった。











 1年後。私は11歳になった。十分腐神について理解した私は、初めて試みたんだ。腐神の頂点、残酷神『ネル・フィード』とのコンタクトをね!


 

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