第111話 9×9=81

 チュン、チュンチュン


 翌朝、雨は嘘の様に止んでいた。


「雨の音すごかったね。結構寝るのに苦労しちゃった。藤花は?」


「私って、意外と雨の音聞きながら寝るの好きだから、よく寝れたよ」


 そこへ美咲も起きてきた。


「おはようござ……あっー! 藤花さん、激しく寝癖がついてますよっ。あははっ!」


「えっ? あっ、本当だっ! 直さなきゃ!」


「でも藤花さん、激しくショート似合いますよねっ! 初めてですか?」


「うん。初めて。すごい軽いし、おすすめだよ!」


「私は似合わないだろうなぁ。藤花みたいには」


「激しく私も」


「激しくワシも♡」


「陣さんは坊主でいいよねーっ!」


「やだーん♡」


 陣平で和みながら、ブラック・ナイチンゲールの5人は、正男の朝食を頂く事にした。


「みなさん、おはようございます。今朝の朝食は和食です。召し上がって下さい。お昼はうどんを食べてエネルギー満タンで刀雷寺に向かいましょうっ!」


「腹が減っては戦できぬ、じゃな!」


「陣さんの言う通りっ! いっただきまーすっ! おいしそー!」


 ご飯に味噌汁に納豆に焼き魚。このメニューに全員がホッと心を癒された。戦い前のピリついた気持ちがフワァっと軽くなり、リラックスできた。


「ごちそうさまでした」


 食後、しばらくすると陣平がある物を和室に持ってきた。すると、すかさず藤花が食いついた。


「陣平さんっ、それって!」


「将棋盤じゃっ! 正男が指せるみたいなもんでな! 精神集中の為に一局頼んだんじゃ!」


「私、将棋好きなんですっ!」


「おおっ! そうかっ! クロちゃんも指せるのか?」


「もちろんですよ。私の藤花って名前も女流のタイトル『倉敷藤花くらしきとうか』からとってるんですからっ!」


「ほうっ! 倉敷藤花からかっ!」


「私の通ってる学校の将棋部は全国制覇してるんですよ!」


「全国制覇? まさか、あの将棋の天才、都田姉妹のいる学校なのか?」


「そうですよ。天流翔星てんるしょうせいですっ!」


「そうじゃったのか! わははっ!」


 天流翔星の都田姉妹とは、可愛さと将棋の強さを兼ね備えた、テレビでも特集が組まれる程の人気者。


 えくれあ♡のデビュー作『合谷』にも登場した噂の天才姉妹なのだ。


 将棋の話題でひとしきり盛り上がった藤花と陣平は、自然と盤を挟んで向かい合った。


「クロちゃん、手加減はせんぞ」


「私だって! 本気でいきますよ」


 2人は盤の上に駒を並べ始めた。


 パチッ、パチッ、パチッ、


「藤花、将棋もできるとか、どんだけ頭いいわけ?」


 パチン


「イバラちゃんだってできるよ。私も指せるだけで、たいして強くはないし」


 パチン


「ワシは強いぞ! かかってこい!」


 2人は駒を並べ終えた。


 藤花の先手で対局が始まった。


「お願いします!」


「うむ。お願いしますじゃ!」


 戦型は矢倉やぐらへと進んだ。


 陣平の昔ながらの戦術に、藤花の現代感覚溢れる指し回しが牙を向く。


「ぐぬぬ! なんじゃ、その手は!」


 陣平がそう思うのも無理はない。将棋の歴史は、この10年で激動。


 AIの登場により、アマの棋力も格段に上がっている。既存の常識や棋理きりを覆す戦法や一手が、次々と誕生していた。


「あー! ワシの負けじゃいっ!」


 陣平が投了とうりょうした。


「ありがとうございました。楽しかったー!」


「クロちゃん、強いじゃないかっ! びっくりじゃ。ワシはこれでもアマ三段の実力はあるんじゃぞ」


「そうなんですね。私は将棋部には入らなかったんですけど、都田姉妹の千恵さんと指して結構いい勝負した事あるんです」


「姉の千恵ちゃんといい勝負? そりゃ強いわけじゃあ。なんでそれで将棋部入らんかったんじゃ?」


「ほ、他に大事な用があったんですよ……」

(放課後は杏子ちゃんとの大事な時間だったんだもん。杏子ちゃん、仇取るからね。見守ってて……)


 将棋を指して、戦意、集中力、共にアップした藤花だった。

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