第110話 バッサリ

 時刻は19時。夕食を終え、皆、くつろいでいた。すると、藤花は少し申し訳なさそうに真珠に話しかけた。


「西岡さん、さっき話してた時からお願いしたいと思っていた事がありまして……」


「ん? どした?」


「私の髪、西岡さんぐらいの長さに切って欲しくて」


 夕方、裏庭の縁側で真珠の悩みを聞いた後、夫の浩史ひろふみの話も聞いていた。


 腕のいいカリスマ美容師だった事。息子、麗亜の髪を切ってあげたくて浩史にカットの技術を習った事。そして、『センスがある』って夫に褒められた事。


 本当に素敵な旦那さんだったんだと、話を聞きながら藤花は思っていた。


「だめですか?」


「私ぐらいに? 結構切るわね」


「はい。お願いします。明日の戦いの邪魔になりかねないので。バッサリいっちゃって下さい!」


「分かったわ。切ってあげる。アンティー! ハサミある?」


「ええ。ありますよ。ちょっと前まで美咲の髪は、私が切ってましたから」


「激しく、へんてこな頭にされてた気がする……」


 正男は、カットバサミを探しに部屋を出た。


「クロちゃん、イメチェンじゃな! 楽しみじゃわいっ♡」


「一気にショートかぁ。私はそこまで思い切れないなぁ。藤花って、実は男前なのね」


 それを聞いた藤花は、頬を赤くしてイバラの顔を見た。


「そんな事ないよ。イバラちゃんの方がよっぽど男前だし。かっこよくて、可愛い。そんな天使イバラが私は大好きで、大ファンなんだからっ♡」


「本当に? この数日で、藤花のいだいてた私への幻想は、ぶっ壊れたと思っていたんだけど」


「イバラちゃんは特にから壊れようがないよっ!」


「そ、そうっ? かな?」


「禁断の果実色」


「あっ、私の担当カラー?」


「うん。『赤を生活に取り入れよ』これは永遠の方舟の教えのひとつだったの」


「あっ! そっか!」


「永遠の方舟は、教祖様の遊びだったけど、イバラちゃんをさらに好きにさせてくれた、その教えだけには感謝してる。信者でいた意味があったなって思ってるよ」


「ちょ、本当に?」


「だから、永遠の方舟の信者で、よかったと思ってる……」


「藤花、ありがとう。嬉しい」


 ハサミを探しに行っていた正男が戻ってきた。


「西岡さんっ! ヘアカットセット! ありましたよーっ!」


「ありがとう。じゃあ藤花、隣の部屋で切ろっか!」


「あっ、はい。お願いします」


「みんな、完成をお楽しみにね! 覗いちゃダメよっ!」


 ガラガラ……トンッ!


 藤花と真珠は隣の部屋へ。


「楽しみじゃ♡」


「激しくっ!」


「藤花……」




 











 1時間半後



 ガラガラッ



「ジャーンッ! 西岡真珠作っ! 新生・黒宮藤花の完成よっ!」


 そろり、そろり……


 ゆっくりと藤花が部屋から出てきた。


「ど、どうでしょうか?」


 ロングの髪を一気に短くして、少し照れくさそうな藤花。


「藤花さんっ! 激しくかわいいっ!!」


「うひょー! こっちも好きじゃ♡」


「藤花、変わったーっ!」


「私と同じっ! 攻めっ気たっぷりのウルフショートよっ! 双子に間違われてしまうわね! あははっ!」


 『それはない』


 イバラ、美咲、陣平、正男、4人ともそう思った。


「西岡さん、ありがとうございます! これで髪を気にせず、思い切り剣を使えますっ!」


「あの斬咲って腐神、どうしても藤花が息の根を止めたいみたいねえ」


「はい。牙皇子やカエル野郎の前のちょうどいいウォーミングアップになりそうですよ。ちょっと可愛いからって調子乗っちゃってさぁ」


「でもさ、斬咲ってマジで強くなかった?」


 心配するイバラの声にも、藤花は拳を見つめ、気持ちを高めていた。


「命の炎をコントロールして、腕が重たくならないように気をつける。そして陣平流刀殺法で確実に倒すっ!」


「今日は怒りに任せて切りつけてただけだったからのう。クロちゃんよ、母君ははぎみの為にも、強くなるのじゃぞ」


「分かりました。ありがとうございます。陣平さん」



 こうして、夜は更けていった。



















 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 ゴロゴロ……


  ピカッ!


 ドガァァ───────ンッ!!




 日付が変わる頃、大雨が降り、雷が鳴り響き、落ちた。



 ザァァァァ───────ッ!!



 降り頻る雨の轟音の中、皆 なんとか眠りについた。

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