第107話 トラウマ
『西岡真珠と黒宮藤花』
2人は余命が短く、導かれるようにブラック・ナイチンゲールとして出会った。
本来ならば、すれ違う程度の存在だったはずの2人。藤花は真珠の底抜けの明るさ、包み込んでくれるような安心感に惹かれていた。
35歳、主婦。そして 母。
殺されてしまった自分の母にはなかったなにかを、藤花は真珠からもらっているように感じていた。
「西岡さん、どうしたんですか?」
「んはぁ。私さぁ、めっちゃ弱虫なんだぁ……」
「えっ? 西岡さんが? そうなんですね。私もです」
「藤花は強いんだよ。私よりは確実にね……」
「全然ですよ。陣平さんの武術をトレースしてなかったら力を使いこなせてなかったし!」
「あはは。そういうんじゃないんだなぁ……」
「すみません。ですよね……」
暫く、沈黙が続いた。
「私って、変わってるでしょ?」
「えっ?」
(確かに初めて会った時はそう思ったけど、今はもう慣れちゃった?)
「バカ言って、バカやって、明るく楽しくしてれば、モテるし敵も少なくて済む。子供の頃からそんな感じで、染み付いちゃったのよ」
「そうだったんですね」
「本当の自分なんてさ、他人なんてどうでもよくって、自分勝手なわがまま女。ずっとそれを押し殺して生きて来たの」
「結構そういう人は多いと思います」
「レベルが違うのよ。私のは」
「えっ、レベルが?」
「私の父親ね、やくざに殺されたの」
「ええっ!? 本当にっ?」
真珠の告白に藤花は驚いた。
「すごい暴力を振るう人だった。母にも私にも。覚醒剤なんかもやってたわ。弱い人だったんだと思う……」
「そ、そんな……」
「そんな家庭環境の中、私は明るく振る舞うしかなかった。暗くしてると暴力を振るわれたから。父親の機嫌を損ねないように震えながら笑ってた」
「自分を偽って?」
「そうね。そんなある日、母親が自殺したわ。人生に絶望しちゃったのね。きっと」
「え……」
真珠の口から、次から次へと出てくる衝撃に藤花は言葉が出ない。
「父親もその後、シャブ中で狂って死んだ。私が中1の頃ね」
「……はい」
「私さ、ブラック・ナイチンゲールに入ったけど、美咲のサイトの依頼なんて1件も引き受けてないの。知ってた?」
「えっ? そうだったんですか?」
「私はその辺の反社を殺しまくったわ。中には息子のクラスメイトの親もいた。この『力』を自分の為にだけ使ってきた。自分の積年の恨みを晴らす為だけにね」
「反社が、西岡さんの、大切な人の命を……」
「……奪ったのよッ!!」
こんな風に声を荒げる真珠を藤花は初めて見た。
彼女の過去に、そんな出来事があったなんて。彼女の笑顔の裏に、そんなトラウマがあったなんて。
「おかげで感情のコントロールが難しい大人になっちゃったぁ。実は夫がね、腐神に殺されてたの。あの泥のやつに……」
「そ、そんな、そんな……」
「ちょっとぉ、大丈夫よ。あのね、私、永遠の方舟本部での藤花の戦いを見てね、すごいと思ったの」
「私の戦い?」
「ええ。私の価値観がひっくり返ったわ。救われた気がした」
「私が救う?」
「うん。もう感情を抑え込むのはやめようと思った。私も爆発させてみようかなって」
「あ、あれはっ! 我を失いまして! 陣平さんのお陰で落ち着けたわけで! ってなんか私、陣平さんのお陰ばっかり。あはは」
「私はもっと強くなる! そしてもっと美しくなるわ! ありがとね。藤花」
藤花は、彼女の笑顔が今までに見てきたそれとの違いに気づいた。そして自然と涙が溢れた。
「に、西岡さぁ〜あん!」
「ちょ、泣かないでよ! 大丈夫、大丈夫だから。ねっ?」
真珠も藤花と抱き合い、一緒におもいっきり泣いた。
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