第106話 真珠の涙

「ただいまー!」


 ブラック・ナイチンゲール、無事に永遠の方舟本部から帰宅。


「おかえりなさい! みなさん、怪我はありませんか!?」


 心配する正男に全員が苦笑い。藤花は頭をかきながら答えた。


「実は、そのー、みんな大怪我して死にかけました。あはは……」


「ええっ!? に、してはみなさんお元気そうですが?」


「正男、美咲のおかげじゃ」


「美咲の?」


「そうそうっ! 美咲様の命の炎で大怪我を治してもらったの!」


「そういうわけなのよ。アンティー」


「本当かいっ? 美咲?」


「激しくねっ!」


「そ、それを隠していたのかい?」


「ワシたちが美咲の回復能力に頼り過ぎて気が緩んだり、無理したりするのを心配しておったのじゃ」


「そうか。美咲、よくやったね」


「みんなの役に立ててよかったよ!」





 和室に集まり、美咲の活躍にみんなで感謝しながら笑い合っていた。しかし、そんな笑顔に混じり、うかない表情のメンバーがひとり。











 西岡真珠だ。



 今日の腐神、魔亞苦・痛との戦い。なんの役にも立てなかった。


 メデューサの進化技『炎神大蛇えんしんおおおろち』も、その弱点を腐神にハッキリ指摘されてしまった。






『これもデータに入っている。大蛇の衝撃波だな。アジリティが低すぎる。これ喰らう腐神はいないぜッ!』






 おまけに技を放った瞬間、隙をつかれ接近され、手首を切断されるという失態。さらに気絶。


「ちょっと、タバコ吸ってくるわぁ」


「西岡さん! 吸い過ぎちゃダメだよー! でさー藤花がさぁっ……」












 真珠は裏庭の縁側でひとり、ゆっくりとタバコに火をつけた。


「ふうっー。はぁ……」

(5匹をまとめて威力を上げたけど、確かに動きが遅い。もっと確実に腐神を仕留められる攻撃はできないのかしら……)


「西岡さん、お悩みのようですね」


「と、藤花っち!」


 藤花は真珠の隣にそっと座った。


「西岡さんの顔見てたら分かりましたよ。悩んでるって」


「ま、まじで? ごめん」


「謝ることじゃないですよ」


 真珠はタバコの煙をふうっと空を見あげながら吐き出した。


「私、もっと強くなりたいの。腐神を仕留められるぐらいに……」


「西岡さん……」


 腐神ヘドロに夫を殺された怒りを押し殺し、みんなの前では普段通りの飄々ひょうひょうとした自分しかみせることはない。弱い自分や暗い自分を出すことはない。


 それを貫いていた。


 気を遣われたくない。同情もされたくない。それで傷付きたくないから。


 数時間前、みんなの前で実の母親を無惨に殺された藤花はどうだったか?


 怒りを爆発させ、我を忘れ、一心不乱に腐神に斬りかかっていった。


『美しい』


 真珠はそう感じた。


 愛する人を殺されて、我を失うほどに感情を爆発させて戦う藤花の姿は、とてつもなく美しかった。


 それに比べて自分はどうだ。


 自分のキャラじゃない。


 戦いには冷静さが一番大事。


 怒りにまかせて殺すんじゃない。


 冷酷に恐怖を与えながら殺す。


 泣くのは自分ではなく腐神。


 感情を抑え込むことで腐神相手の戦いも、最大の力が発揮できると思っていた。どこまでも残酷に。


 人間の激しい感情は醜く不必要なもの。真珠はそう思っていた。でも、それは違うのかもしれない。あの時の藤花に醜さなどはカケラもなく、強さと美しさのみが宿っていた。


「藤花っち……」


「なんですか?」


「私も君みたいに美しくなりたいよ」


「西岡さん?」


 タバコを吸う真珠の頬を、ひとすじの涙がつたい落ちた。

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