第103話 必要悪

「本当に私にたいした力はないので。エーデルシュタインを召喚できるというだけのことですから」


 はぐれは手に持つ聖書を見つめて言った。


「あのワンコ、見た目は怖いけどかわいい名前よね♡」


「エーデルシュタイン。ドイツ語で『宝石』……」


 藤花はふと呟いた。


「その通り、よく知ってますね」


「偶然です。なぜかに興味があって、少しだけ勉強したこともあるんです」


「そうでしたか。響きが素敵だったのでそう名付けたのです」


「確かに、かわいいよね!」


「宝石なんてガルトッドでは石ころ同然。でも長年ミューバで暮らしているうちに価値観が少し変わりました。キラキラしていて綺麗だと思います」


 そう言いながら笑顔を見せる弥勒院はぐれは、我々地球人となんら変わらないように見えた。


「でも、はぐれっちってカテゴリー2なんでしょ?」


「はい、そうです」


「さっき言ってたカテゴリーの溝ってやつ? 私たちがミジンコと意思疎通が図れないのと同じって言ってたけど、はぐれっちは地球人との溝を埋めるのにどれだけの時間がかかったの? 腐神もだけど」


 おバカな真珠が気になっていた『カテゴリーの溝』


 一体、どれほどの隔たりがカテゴリー間であるというのか? はぐれは顎に人差し指を当てながら答えた。


「私がミューバに馴染むのに費やした時間はさほどではありません。600年と言ったところでしょうか」


「ろっぴゃくねんっ!?」


「短いと思いますけど。あなた方がたったの600年でミジンコと仲良くお話しできるようになりますか?」


「無理無理、そんなの。そう聞くとカテゴリー2ってすごいんだ……」


「ねぇねぇ、じゃあ、カテゴリー1の腐神は? はぐれっち!」


「腐神は元精神生命体。それが醜い思考により崩壊し、物体化してしまった哀れな存在です。最低でも1000年から2000年はミューバ人とコンタクトをとるにはかかるでしょう」


「2000年!? 溝、深っ!」


「はぐれ者や腐神が大量に現れないのは、その溝を越えるのが面倒だからというのもあるのです」


「そうなんじゃな」


「あなた方が知ってる有名な宗教も、一部を除き、カテゴリー1のお遊びから始まったものです」


「キリストも? イスラムも? 激しくお遊び?」


「どの宗教が本来の目的で起きたのかは正直分かりませんが、その他のお遊びで増えてしまった宗教は、人間同士の争いの火種になってしまったのは言うまでもありません」


「悲しいし、情けないです。人間はなぜ認め合えないのか……」


「神や宗教などというものを、未成熟なミューバとはいえ、根付かせる必要が本当にあったのか。私は疑問でなりません」


 それを聞いたイバラは、はぐれの言葉の矛盾に気づいた。


「じゃあ、なんで永遠の方舟を作ったの? 宗教でしょ?」


 その場の全員イバラに同感だった。はぐれは間をあけることなく即答した。


「私は宗教を作りたかったのです。詭弁きべんと受け取られても仕方ありませんが」


「宗教から……救う?」

(新しい発想。これまでの宗教の存在意義を根底から覆すような……♡)


「神や宗教という概念があるのはカテゴリー8のミューバのみ。その他の惑星には神は存在しません」


「それでも文明の発展、社会の構築や統制、知的レベルの向上、意識改革。その為にカテゴリー最低のミューバには、神の存在が必要だったということになるわけですね?」


 藤花は自分の中の価値観の変化を感じずにはいられなかった。


「ええ。と言って差し支えないでしょう。ただし、神はひとりでよかったということです」


 全員、言葉を失った。

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