第102話 イバラの打診

 『方舟水晶のネックレス』


 それは入信したその日に、教祖である弥勒院はぐれから授かる信者の証。信者以外にその存在を知る者はいないといっても過言ではない。


 藤花は永遠の方舟から離れる決断をしたが、ゼロワールドに加担する者が信者の中にいるのかと思うと、胸の奥がジリジリと焼けるような感覚に襲われた。


(永遠の方舟信者には手を出さないと言った牙皇子の思惑。牙皇子がそうしなければいけなかった理由があるということ? 信者が加担しているのなら、それも腑に落ちるけど)


 藤花はその考えを口にはしなかった。もう永遠の方舟とゼロワールドが、どのように繋がろうが関係ない。


 自分はこの歴史上『何回目かの世界』を守る為に、カテゴリー1の不成者ならずものたち『腐神』を排除する。


 ただそれだけ。


 そこにもう、個人的な感情や事情などを持ち込むつもりはなかった。


 自分の余命は3ヶ月を切っている。責務を果たすのみ。宇宙のことわりを知った『選ばれた人間の責務』を。




「ねえ、教祖様」


「なんですか? 金髪のお姉さん」


 イバラはそれとなく聞いてみた。


「さっきのエーデルなんとかっていう……」


「エーデルシュタインですか?」


「はい。あの子はかなりお強いんですか? 護身用とか言ってたし、腐神を食べちゃってたし」


「あなた方でも倒すのは苦労するんじゃないでしょうか? そのぐらいの戦闘能力は持ってますよ」


「さっき教祖様は『地球と人類』の未来を見たくなったっ言ってましたよね?」


「ええ。言いました」


「だったら、その〜……」


「どうかしました?」


 イバラは大きく息を吸い込んでから、吐き出すように言った。


「教祖様にもブラック・ナイチンゲールに入って欲しい。なーんちゃって。あはははっ……」


「私がですか!?」


 ブラック・ナイチンゲールの全員がぶっ飛んだ。だが、イバラの言うように弥勒院はぐれもこの世界の未来を案じている者のひとり。


 あのエーデルシュタインという闇の巨犬も、仲間として参戦してくれたのならかなりの戦力アップになる。みんな同じ考えだった。だがそんな中、藤花がはぐれに問いかけた。


「異星人のあなたが私たちに力を貸すというのは、アンティキティラにとっては邪魔なんでしょうか?」


「どうなんでしょうね。前例はないかも知れないです。アンティキティラの戦士と共に、腐神に戦いを挑む異星人なんて」


「教祖様! 古代から続く『歴史を繋ぐバトン』をここで落とすわけにはいかないんですっ!」


 拳を握りながら自分のことを強く見つめる藤花に、はぐれは答えた。


「過去の腐神はあなたたちの先輩方が倒し、ここまで歴史を繋いできた。とはいえ、今回のように同時期に10体以上の腐神が徒党を組んで現れることなどありはしなかった。異常事態であることは間違いありません」


「お父さんの言ってた通りだ。腐神は数百年、数千年に1体現れる程度だって……」


「ですから、こちらに多少、異常なことが起きても、文句は言われないかも知れませんね。うふふ」


「それって教祖様が私たちと一緒に戦ってくれるってこと? 本当に?」


 イバラのテンションが上がる。


「ほんの少し、気が向けば、です。あまり過度な期待はしないで下さい」


 はぐれは誰とも目を合わせないように目を瞑って言った。


「ありがと教祖様。勇気を出して言ってみてよかったー!」


「かわい子ちゃんはいくら増えても構わんぞい。わっはっは!」


「はぁ……」

(エロジジイ。教祖様はダークマターなんだから。本当はかわいくなんてないんだから。たぶん……)


「よろしくね♡ はぐれっち!」


「教祖様、ありがとうございます。でも、言われた通り、過度な期待は控えます。無理はしないで下さい」


「大丈夫です。少しだけ楽しみな気もしてますから」


 永遠の方舟教祖、弥勒院はぐれが、なんとなーくブラック・ナイチンゲールに加わった。


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