第101話 ひとつの可能性

 人類史の『空白の10万年』をあなたはご存知だろうか?


 遠い昔、ホモサピエンスが闊歩していた時代、彼らは主に狩猟をして生きていた。その期間は10万、現在では30万年とも言われている。


 しかし。


 我ら人類の文明が、ほんの数千年で驚くべき発展を遂げたのに対し、何十万年もの間ずっと狩猟し続け、なんの進歩もしないというのはあまりにも不自然ではないか?


 ひょっとしたらその間に、今の私達以上の文明が発展し、何度か滅んでいるのではないか?


 そう唱える学者も少なくない。ピラミッドを始めとした、オーパーツの存在がそれを裏付けているのだと。













 ブラック・ナイチンゲールが腐神にやられた時点で、この世界はその『空白の時間』に突入してしまうという事実。



『完全なるリセット』



 何度目かの『それ』が、この地球に今、起きようとしているのである。



「私達が腐神を倒すことで、地球の歴史を前に進め、カテゴリーを上げ、より洗練された生命体へ進化する事ができるんですね?」


 藤花は、はぐれの黄金の瞳を見つめながら、力強く尋ねた。


「それが『宇宙のことわり』なのです。今回の腐神の数からして、これを乗り切れば今後1万年以上、腐神はこのミューバには現れないでしょう」


「1万年……」


「はい。その間にうまくいけば、人類はカテゴリーが5もしくは4にまで上がる事ができるかも知れません」


「そうなれば、ミューバという不名誉な呼ばれ方もされなくなるんですね?」


「そうですね、きっと……」










 暫くの沈黙の後、陣平がゆっくりと手を上げた。



「では、次はワシじゃ。よいか?」


「おじい様、どうぞ♡」



 イバラは、また陣平がエロい質問をするんじゃないかと思い、拳を握ったが、違った。


「おぬしは先程、クロちゃんに永遠の方舟は遊びだったのか? と聞かれて『そのつもりだった』と言ったな?」


「ええ。よく聞いていましたね」


「という事は、今はもう遊びではないのか? はぐれの姉ちゃんよ」



 弥勒院はぐれは、聖書をパラパラと捲りながら質問に答えた。



「5年前、腐神の存在を感じた私は、もう十分に教祖を堪能したので、腐神が暴れ出す前に、母星であるガルトッドへ帰ろうと考えていました」


「その考えは至って自然じゃな」


「ですが、その数日後でした。『ひとりの少女』が永遠の方舟本部にやって来たのです」


「ひとりの? 少女ですか?」


「ええ。その子は永遠の方舟の信者でした。そして、涙を浮かべながら私に言ったのです」


「な、なんて言ったんですか?」



 はぐれは、流れる雲を見つめる。






「教祖様、ずっといなくならないで、私たちを救って下さい、と」







「ほう。その子のその言葉で、気持ちに変化が起きたのか?」


「ええ。その子のに、私は心を打たれました。このミューバの、そして人類の『未来』を見てみたくなったのです」


「信者の涙で心が揺らぐ。教祖様は、やっぱりそうでなきゃねっ!」


「腐神が降り立った地上。いつ、何が起こるか分からない。非力な私は聖書に細工をして次元を繋げ、護身用にガルトッドいる『ペット』を呼べるようにしたんです」


「それが、さっき腐神を食べた、真っ黒な巨犬ですね」


「我々ガルトッド人はなのです。私も本来は真っ暗な闇のような姿なのです。ミューバ用に姿形すがたかたちを変えているわけです」


「なんとっ! その可愛い姿、実は幻だというのかっ?」


「うふふ。この星で、好まれやすい姿に変形している。といったところでしょうか?」


「ダークマター生命体?」

(正体不明の暗黒物質。それが生命を構築? それに聖書で次元を繋げるぅ? も、萌えるっ! 宇宙って凄いっ!)



 藤花は話を聞きつつ、宇宙の神秘に心躍こころおどり、知的好奇心を刺激されまくっていた。


 すると、美咲が急に大きな声で言った。


「激しく思い出したっ! 教祖様っ! ここにゼロワールドの奴らって来なかったんですか?」


「ん? さっきのロボットではなくて、ですか?」


「はいっ! 牙皇子が動画で『信者である事を証明する為の物ある』とか『だが、それはゼロワールドが全て頂いた』とか言ってたんですよ。それって方舟水晶のネックレスの事ですよね?」


「方舟水晶のネックレスを奪いに? 来てないですよ」


「なーんだ。激しく騙された。言ってるだけだったんですね!」


「ゼロワールドが『永遠の方舟の信者には手を出さない』と言ったのを聞いた時は本当に驚きました。方舟水晶のネックレスの事まで知っていると言う事にもですが……」


 はぐれのその言葉に、藤花は激しく同意しながら、ある事に気づいた。




(確かにそう、方舟水晶のネックレスの事なんて、信者以外が知ってる事じゃない。まっ、まさかっ!?)





 藤花は考えたくなかった。





 口にしたくもなかった。







 その『ひとつの可能性』を。


















『ゼロワールドの中に……』




『永遠の方舟の信者がいるッ!』

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