第93話 唐草雅史

 俺はゴミ収集の仕事で生計を立てる45歳、独身『唐草からくさ雅史まさし』。職場の仲間からは『マー君』って呼ばれてる。


 今日も朝からお仕事、お仕事!


「おはようっ! マー君!」


「おはようございます! 原田さん」


 原田さんは俺の尊敬する先輩で、もう13年の付き合いになる。


 この仕事、臭くて汚くてキツいってイメージが強いかも知れないけど、俺は毎日楽しく仕事ができていた。向いていたんだと思う。


 生まれつき嗅覚が少し鈍感なのか大して臭いとか感じない。ゴミが集まってくるわけだから汚いのは汚いけど、仕事と割り切ってしまえばどうって事はない。体力的にも学生の頃、野球部で鍛えた自分には楽なもんだった。


 おまけに勤務時間が短いのも俺は嬉しい。プライベートな時間がたっぷり満喫できる! 残業なんてないし、遅くても夕方5時には帰宅している。


「バンバンッ! バンッ! バンッッ! くーっ! やっぱコルトパイソンは最高だぜっ♡」


 愛するモデルガンの引き金を引きながら酒を傾ける。それが俺の至福の時間。





 そんなこんなで今日も業務日報書いてお仕事終わりっ。さあっ! 帰るぞ〜!



「お疲れ、マー君」


「お疲れっす!」


「どうだ? 今日 飲みにでも行かないか?」


「めずらしい事言うじゃないですか、酒の弱い原田さんが。どうかしたんですか?」


「あはは。それも話すよ」


 微妙に元気のない表情の原田さんが心配で、俺は飲み屋に行く事にした。



 

「生中2つ」




 原田さんとサシで飲むのはかなり久しぶりだった。飯を食べに行くことはたまにあったけど。


 酒を飲まなきゃ話せないような事なのか? と心がざわついた。



「マー君。付き合わせてごめんな」


「な、なんですか? なにかあったんすかっ?」


 原田さんがお通しの『クリームチーズのおかか和え』をつつきながら徐に話し出した。


「人ってさ、裏切る生き物なのかな?」


「う、裏切る? えっ?」





「生中2つお待たせしましたぁー!」




 どんっ!




「俺は情けないよ……」


「は、原田さんっ、 誰かに裏切られたんすかっ!?」


 原田さんはジョッキの取手を掴みながら静かに泣き出してしまった。


「親友だと思ってた。だから、保証人になった……」


「あっ……!」



 借金の保証人。それ絶対なっちゃダメなやつ。でも、そんな事は原田さんだって分かってたはず。親友だったんだ。それも相当な。


 だからか、酒なんてろくに飲めないのに、俺を飲みになんか誘って。



 『1200万の連帯保証人』


 連帯保証人はただの保証人とは異なり、それなりの返済義務が課せられる。

 

 原田さんに大学生の息子さんがいる。さらに、現在 高校3年の娘さんもいる。我が子2人を大学にまで通わせ、社会に送り出すまでには、それなりの金がかかるはずだ。生涯独身の俺には縁のない話だが。


 その後、その『親友』の話をたんまり聞かされたよ。小学校からの付き合いだったようで、自分が救われた事も多々あったようだ。話だけ聞いていればかなりの『いい人』だった。


 しかし、そんないい人でも親友を裏切る。なんともひでぇ話だ。酒の弱い原田さんが、かなり酔っ払ってしまった。


「原田さんっ! 大丈夫ですか!?」


「お、おおうっ、らいじょぶ……」


 店から出て暫く歩くと、原田さんは道端に座りこんでしまった。



「あちゃー、ちょっと待ってて下さいよ! 水 買ってきますからっ!」


 俺は水を買いにコンビニに入った。


 その数十秒後だった。




 キィ──────ッッッ!!


 どおおぉ───────んっ!!


「きゃあぁっ───────!!」



 凄いブレーキ音と衝突音っ! そして悲鳴っ! 完全に嫌な予感しかしなかったっ! 俺はペットボトルの水を手に、慌ててコンビニを出たっ!








 「原田さん、なんで……」








 俺の嫌な予感は的中してしまった。





 目撃者によると、原田さんは自らトラックの前に飛び出したらしい。


 頭部を強打。即死だった。







 泥酔し、誤って車道に出てしまったのか、それとも自ら死にに行ったのか。それは分からない。



 どちらにせよ、俺には何もできなかった。するべきでもないと思っていた。金は悪魔。巻き込まれるのはごめんだ。


 翌日。


 尊敬していた先輩の無残な人生の顛末てんまつ。それを目の当たりにしてしまった俺は、仕事中 集中力を欠いた。


 自分のしている仕事の危険性をもっと認識するべきだった。


 いつもの様にゴミの袋をパッカー車に放り込んでいた、その時っ!


 ボーッとしていた俺は、ゴミの重さによろけて右腕をゴミ袋と共に回転板に挟まれてしまったッ!


「ぎゃああああっ!!」


「マー君っ! 大丈夫かぁっ!!」


 一緒に作業していた仲間がすぐに回転板を停止してくれたが、時 既に遅し。俺は右腕を失った。


 退院後、家に戻ってきた俺は、何をするにも不自由な体に嫌気が差した。


「くそっ! 原田さんがあんな話を俺にするからだっ! どうすんだよっ!?」


 右手がない。愛するコルトパイソンが撃てない。ストレスが溜まり、酒はまずくなる一方だった。


 1週間後。


 テレビではゼロワールドとかいうカルト教団の人類滅亡計画が行われるというニュースがひっきりなしに流れていた。


「全然構わねぇ。世界なんて滅亡しろっ! あはは。楽しいねえっ! もう、こんなガラクタ同然の体で生きててもつまんねぇし、俺をその契約者にして欲しいもんだ!」


 酔った俺はそんな事を口走った。







『ケケケッ! ガラクタねぇ……』







「だ、だ、だ、誰かいるのかッ?」


『貴方、相当腐ってますねぇ……』


「酒 飲み過ぎたか? 違うッ! み、耳元で本当に声がしてるッ!」


『ケケケッ! 人は今まで当たり前にあったものを失うと絶望してしまうのです』


「あたりまえ……俺の右腕」


『大事な右腕を失った貴方は、パラリンピックで勇姿を見せる彼らをどう思うのですか? そうじゃなくても片手や片足を失い、それでも懸命に生きようと努力する人間はたくさんいる。その人間たちを貴方はどう……』


「くだらねぇ! パラリンピック? 俺はあんな見せ物にはなりたくねぇ。不自由な体で生きてくのも面倒くせぇっ! モデルガンだけじゃねえ、マスかくのも左手じゃあイマイチ気持ちよくねぇんだ! とはいえ死にたくもないっ! どうすりゃいいんだよ! 俺はっ!?」


 完全に俺は絶望していた。


 もう少し時間があったら、愛する人がいたなら。違っていたのかも知れない。


『ケケケッ! 貴方『合格』です。素晴らしい。腐神となり、この世の人間どもを駆逐するに相応しい逸材ですよ』


「合格? あんた、ゼロワールドかよ?」


『その通り。貴方は腐神『牙羅苦堕がらくた』と契約するのです! そして人間どもの悲鳴を牙皇子様に献上するのです!』


「俺は……ガラクタ」


 そこから先の記憶はない。


 気づいたら俺はロボットの様な体になっていた。なんて心地いいんだ。右腕も治ってる。しかも、俺の大好きな銃になってやがるッ! 


『これでくそ人間どもを撃ち殺せって事かっ! ガガガっ! 楽しめそうだぜッ!』


『では、行くぞ、お前は今日からゼロワールドの魔亞苦マークツーと名乗るのだ』


『ガガガッ! 了解』



 こうして、ゼロワールドは人間の絶望につけこみ、更に腐神を増やしていった。

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