第82話 秒針と苦悩

 現在、藤花の父と母は、永遠の方舟本部にある『地下シェルター・テラ』で、安全な生活をしている。


 腐神ヘドロとの戦いの後、陣平と共に両親の安否を確認しに行った際、そこに母の姿はなく、手紙だけが残されていた。


『私はお父さんと連絡を取り、TK都にある永遠の方舟の本部に行く事になりました』


 そう、書いてあった。


 その内容に嘘がなければ、間違いなく両親は永遠の方舟本部にいる。


「地下シェルター? テラ? そんなにすごいの? そのシェルター?」


 イバラは興味津々だった。


「畳300畳の広さの部屋が地下3階まであってね。生活に必要な物は全部揃っているの。1、2年は普通に信者全員暮らせるって聞いた事があるよ」


「永遠の方舟の信者ってどのぐらいなの?」


「残念ながら、そんなに多くない。全国で500世帯ぐらい?」


「500世帯? それ、多いのか少ないのかよく分からない。あはは」


「決して多くはないじゃろう。その500世帯の人達は、この世の終わりを乗り切れる、という事なんじゃな?」


「はい。そういう事です」


「ネックレス借りておいて言うのもなんだけど、そういう宗教って全く信じてなかったわ。今回のゼロワールドの一件で、少し考えが改まったわよ」


「そんな人達が、世の中溢れかえっているんだろうね。私もそうだもん」


「激しく同意……」


「永遠の方舟の信者は、殺戮の対象外なのじゃからな。今、誰もが信じておるのは永遠の方舟じゃろう」


 ゼロワールドの横暴により、突発的に訪れた世界の終末とも呼べる事態。この様な形で、世間に認知される事となった永遠の方舟。


 教え通り、終末から救われる形となった方舟信者たち。にも関わらず、藤花は少し浮かない表情だった。


「少し複雑だけど、方舟様を信じてもらえたら、私は嬉しい……かな」


「そうだね。でもひょっとしたら永遠の方舟よりもブラック・ナイチンゲールの信者の方が今は多かったりして。あはははっ!」


「私が教祖の風原美咲です」


「はは〜! 美咲様ぁ〜」


「もおっー! 永遠の方舟はそんなんじゃありませーんっ!」


「あははは! ごめんごめんっ!」


「あははっ、藤花さん、激しく怒ったーっ!」


 皆、明日の不安をかき消すように笑い合った。23時を過ぎた頃、明日の戦いに備え、皆、早めに床についた。


 そんな中、藤花は1人眠れない。母の手紙を読んだ時にも感じた妙な感覚。それを拭えずにいた。


 チッ、チッ、チッ、チッ


 掛け時計の秒針の音も妙に耳につく、なんとも言えないモヤモヤした気持ちが、鳩尾みぞおちあたりをグルグルしていた。




(私は生まれた時から永遠の方舟の信者。いつだって方舟様が救ってくれた。でも、杏子ちゃんを救ってはくれなかった。『お導き』そう思い、受け入れるしかなかった……)


 チッ、チッ、チッ


(永遠の方舟が世界の終わりから人類を救う。こんなあたりまえの事を、最近自分がいる……)


 チッ、チッ、チッ、チッ


(禁忌を犯し、気にせずになんでも食べちゃってるから? アンティキティラの力を得たから? 方舟水晶のネックレスを外したから?)


 チッ、チッ、チッ、チッ


(ゼロワールドが方舟信者に手を出さないって宣言した時、口では『永遠の方舟はすごい』と言いつつ『ゼロワールドは人類を騙しているんじゃないの?』って思う気持ちの方が大きかった……)


 チッ、チッ、チッ、チッ


(ゼロワールドは、永遠の方舟を利用してるだけでしょ? なんで永遠の方舟なの? 信者を襲わない理由って何? 杏子ちゃんを殺したくせに……)


 チッ、チッ、チッ、


(『信者としての自分』を俯瞰的に捉えている自分がいる。永遠の方舟には、ゼロワールドを制御するような力はないんじゃ……?)


 チッ、チッ、チッ、チッ


(明日の本部での戦いで、私の気持ちと疑問が同時にハッキリするのかもしれない……)


 藤花は、永遠の方舟に特別な力などないのではないか? と思い始めていた。信者としての気持ちが激しく揺らぐ中、数分後、深い眠りに落ちた。

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