第67話 慚愧

 ブゥゥゥンゥン!


 ブブブブブ……ウンッ!


 藤花から方舟水晶のネックレスを借りた真珠は我が家に帰宅。


 ガチャ


「ただいまーっ!」


 家の中は静まりかえっている。真珠は大きな声で呼びかけた。


「麗亜ーっ! 麗亜っちー!」


 すると、



「お、お母さん……?」



 恐る恐る麗亜が部屋から出てきた。


「麗亜っ!」


 真珠は強く麗亜を抱きしめた。


「よかったわ! 無事で! 腐神がV県に来てるなんて知らなかったから。でも仲間と一緒に倒したからもう安心よっ!」


「ブラック・ナイチンゲールの人?」


「そうよ。みんな強いのよ!」


「ゼロワールドに勝てる?」


「絶対に勝つわっ!」





 そう言って、真珠は方舟水晶のネックレスを麗亜の首にかけた。


「お母さん、これは?」


「お守りよ。もし! ゼロワールドの奴らに襲われたらこう言いなさい。『僕は永遠の方舟の信者です』と。これを見せながらね」


「う、うん。分かった『とわのはこぶね』だね?」


「そうっ。それがあればゼロワールドは麗亜に手出しはしないはずだから」


 そう麗亜に言い聞かせる真珠の目には涙が溜まっていた。そう、夫がいないのである。本来ならばこの時間、仕事を終えて帰宅している夫が。


 実は真珠が帰宅前に読んだLINEのメッセージ、それは夫、浩史ひろふみからのものであった。


『泥の化け物が店に入ってきた』


『ダメだ、みんな殺されてる』


『俺も見つかったら殺される』


『真珠、今までありがとう! 幸せだった!』


『れいさんたよふ』


 最後の一文は読めない。たぶん、襲われたのだろう。なにを伝えたかったのだろう。腐神が迫る恐怖の中、自分に最後のメッセージを送ってくれた夫。


 明るさだけが取り柄の馬鹿な自分を常に甘やかしてくれた。知らない事をたくさん教えてくれた。行ったことのない所にいっぱい連れてってくれた。怒る事は殆どなかった。そんな優しくて、穏やかな夫が真珠は大好きだった。


 まさかゼロワールドが、腐神が、こんな近くにこんな早く現れるなんて。


 今朝、真面目に出勤した大人がどれだけいただろう? ゼロワールドの事を半信半疑で迷いながら家を出た人、全く信じてなかった人、責任ある仕事を任されていてそれどころじゃなかった人、そして、ニュースをろくに見てなかった人。


 真珠は昨晩も『反社狩り』に出かけ、帰宅は0時を回っていた。風呂に入った後 すぐに就寝。翌朝もテレビをつける事なく、仕事に行く夫を笑顔で見送った。


 『ゼロワールド』の存在を知ったのはその後、アンティキティラからのブラック・ナイチンゲール全員集合のLINEを読んでだった。


 それでも、そこまで深刻には捉えてはいなかった。本物の腐神と対峙するまでは。



 『私は本当に馬鹿だ』



 アンティキティラの力を得て、有頂天になり、今 世の中に起きている危機的状況を把握しきれていなかった。その挙句、大事な人を守れなかった。


 真珠は悲しみと自分への怒りを抑えながら、今夜は麗亜と共にベッドで寝たのだった。

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