第66話 しつけ

『ただの母親』


 そう言う真珠の目は、もはやそれではない。犬のくそでも見るような目で、その場の男たちを見回した。


「私はね、あんたたちみたいなろくでもない人種が大嫌いなのよ。抗争とかバカって感じ。無人島にでも反社を集めて勝手にケンカさせればいいのよ。殺すのも自由。そうね、殺し合って全滅してくれたら世の為ね」


 ガシッ!


 真珠は膝を押さえながらしゃがみこむ毒島の頭を思い切り踏みつけ、顔を床に押し付けた。


 グイイッ!


「うええっ! があ!」


 その力の強さに毒島は苦しそうな声をあげる。それを見た、4人の反社が慌てて真珠に掴みかかろうとした、その時!



 ブアァァァボォォォッ!


『シャアアッ!』『シャアッ!』

『シャアアッ!』『シャアアッッ!」


「ぐわぁぁ!」


「な、なんだごれぇぇ!?」


 真珠の漆黒のメデューサが4人の首を呪うように絞め上げる。


「あっはは! あんたたち邪魔。消えちゃってぇ!」



 ズボォァォォオオオオオォォ!!



「うわ……」


「がっ……」


「おっ……」


「ぎゃ……」


 4人の反社が悲鳴をあげる間もなく、この世から消え去った。


「だだっ! だじげでぇぇっ!!!」


 毒島は恐怖で我を忘れた。


「あっははは! ダセェ! ダサすぎでしょ、あんたっ! 命乞いしてるぅ〜!」


 ドカッ!!


「ぶはっ!」


 ドンッ! ズサッ!


 真珠は踏みつけていた足を離し、毒島の顔面を道端の石ころのように蹴っ飛ばした。毒島は部屋の壁まで一気に吹っ飛んだ。


「さてと……」


 真珠は冷たい表情で意識朦朧の毒島の前に仁王立ちになり、話しかける。


「バカ息子に連絡してここに呼ぶのよ。そうしたら命は助けてあげる」


「息子はっ、勘弁してくれぇ……」


「あははっ! それをあんたが言うっ? さっさとしなさい。しつけの時間よ」


「俺はどうなってもいい。息子は、殺さないで……」


「はあ。やめてくれる? そういういい父親ぶるの。そこはかとなく虫唾むしずが走るわ。反社は反社らしく、最後までいきがっててくれないとねぇ」


『この女はなにをするか分からない』


 毒島は一縷いちるの望みに賭け、不本意ながらも息子、晴翔をタクシーで呼び寄せたのだった。







「お父さーん! 来たよー!」


 30分後、なにも知らない毒島晴翔が遊びに来るノリで山江組事務所に到着した。


「悪ガキ。やっと来たわね」


「頼む。絶対に息子には……」


「分かったわよ、うるさいわねぇ!」


 毒島晴翔が部屋にやって来た。年齢の割に大きな体格。無邪気な表情は年 相応に見える。しかし、この少年を麗亜は朝食を嘔吐する程に恐れ、不登校に追い込まれたのだ。


「お父さん?」


 今までに見たことのない父親の傷つき、狼狽ろうばいする姿。その父を見下ろす女に敵意剥き出しの視線を向ける毒島晴翔。


「晴翔君? こんにちは」


 笑顔で挨拶する真珠にも返事はしない。完全に攻撃対象とみなしていた。


「お父さん! なにがあったの!? この女は?!」


「晴翔君。どうも、西岡麗亜の母、真珠です。はじめまして♡」


「西岡君の?」


「そそ。あんたにいじめらて不登校になった麗亜の母よ」


「晴翔、お前、本当にいじめをしたのか?」


「………………」


 晴翔は父の問いに答えることができなかった。十分に自覚があったのだ。


「あははっ! 嘘や言い訳をしない分、父親よりもマシかもねぇ!」


「お、俺はお父さんみたいな強い男になりたいんだ。誰にも負けない上に立つ男に……」


「それはたいしたものだけど、いじめをする意味が分からないわね」


「あんなのいじめじゃないっ! ただの遊びだよっ!」


 真珠はため息をつきながら毒島父に言った。


「毒島さん、あなたろくな育て方してませんね。そんなに大事な息子なら、もっとちゃんと躾けないとねぇ、だめじゃない」


「それは悪かったな。じゃあ、もういいだろ? 消えてくれ……」


「あなたバカ? 私が今からちゃんと躾けてあげるんじゃないの。あんたのをね」


「や、やめろ……」


 真珠は晴翔に近づき、しゃがんで目を見て話し出した。


「ねぇ、晴翔君さぁ。お前、自分の親が『やくざ』とか言ってクラス中ビビらせて威張りたかっただけでしょ?」


「うるせえな……」


「ん? なに?」


「うるせえ、ババアって言ったんだよッ!」


「出た出た。小4にしては酷い言葉づかいね。親のだわ……」


 ボォオォオオウッ!


 真珠は右手に黒の命の炎を放出し、にっこり微笑んだ。


「さて問題です。晴翔君のお父さんは強いでしょうか? 弱いでしょうか?」


「強いっ!」


「ブー! 残念っ! 正解は、めちゃくそ弱っちぃでした♡」


「えっ!?」


 真珠は毒島父の頭を、炎の噴き出す右手で鷲掴みにした。


 ググググゥゥッッ!


「ぐああっ……!」


「お、お父さんっ!」


「お前のお父さんはろくな人間ではない。ヤクザなんてのはとても誇れたもんじゃないのよ。そんなんが親ってねぇ、恥ずべきことなのよ。子は親を選べない。だからお前は今回は許してやる。だけど、おばさんはヤクザが大嫌いなの。だからこの世のヤクザは全て消すッ!」



 ボボォンッ!!



「がっ……!!」



 毒島父、灰となり消滅。


「ひゃあっ!」


 毒島晴翔は腰が抜けてしゃがみ込んだ。


「『ひゃあっ』じゃないっての。さて、ここで問題です。いじめはしていいでしょうか? だめでしょうか? 答えてみろ」


「だっ、ダメです……!」


「はい、正解。やればできるじゃないのよ。では次の問題です。私のことを誰かにしゃべったら、君はどうなるでしょう?」


「こ、殺される……?」


「正解ー! すごーいっ! 連続で正解だよぉ♡ 本来ならお前も殺すところだ。それを見逃してやるんだからな。わかったな?」


「うん、うんうんっ! 分かった、分かりましたっ!」


「じきに麗亜も学校に行くと思うんだぁ〜。また変な噂を聞いたらその時は、大好きなお父さんのところに晴翔君も連れてってあげるわねぇ♡」


 真珠は笑顔でそう言ったが、その目に光はなく、殺意に満ちていた。


「あわっ、あわわ……」


 じょわわわぁぁ……


 毒島晴翔、失禁。


「じゃーねー♡ もう、絶対いじめなんてしちゃだめだからねぇ〜!」



 真珠は山江組を後にした。








(うーん♡ いい仕事したわー)


 西岡真珠による『反社狩り』はこうして始まり、ゼロワールドが現れるまで、毎日の如く粛清しゅくせいは続くのだった。


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