第65話 バカ息子

「ちっ! この女一体なんなんだ? くだらねぇ要件だったら毒島のやつタダじゃおかねぇ!」


 真珠が山江組の事務所に来て1時間が経過していた。なかなか毒島は現れない。本当に眠りそうになりながらも、真珠は寝たふりを続けていた。




「くぅ、くぅ……」


「マジで寝てやがる。どういう神経してんだこいつ。まっ、まさかっ!?」


「お前もそう思ったか? 俺もいま思ったんだ。この女、ひょっとして『梅宮組』のもんじゃねぇのか? ってな」


「くぅ、くぅ……」

(はあ? 梅宮組? 違うわよ。4年1組、西岡麗亜の母ですぅ!)


「なんでも『バカ強え女武闘派』ってのがいるって噂だからな。ひょっとしたら こいつなんじゃ?」


「いや、でも待てよ。確かその女は20代前半、髪も長くて太ってもいないはずだ。とても武闘派って体じゃないぜ、この女」


「ははっ! 本当だ。ぷよぷよのおデブちゃんだな。毒島の不倫相手か?」


「そんなとこだろうよ。ったく、あの野郎こういうのが好みなのか? でもこの女、やっぱちょっとエロいな」


「そうだよな? この格好も変わってやがる。なんかのコスプレか? 太ももムチムチしてて、ちょっとムラムラしてきたな♡」


「くう、くう……」

(触ったらぶっ殺すッ!)


 その時、1人の男が帰ってきた。


「ういっーす。今 戻りやした。って、なんですかあれ? 玄関のドア外れてましたけど……」


「毒島ぁっ!」


「はい! なんです?」


「この女、お前のか?」


 毒島は真珠の顔を覗き込んだ。


「知らねぇっすね。なんなんすか? このピンク頭のコスプレ女は?」


 パチッ


「あなたが毒島?」


 真珠は目を開けて毒島を睨んだ。金髪のツーブロック、175センチ程の身長にボテッとした体格。Tシャツの袖からは刺青いれずみがはみ出している。いかにも、な奴だった。


「マジでなんすか? この女」


「あんたが毒島晴翔の父親かっつってんの!」


 息子の名前を出されて毒島の表情が変わった。


晴翔はるとは俺の息子だ。お前さぁ、なんの用だよ? こんなとこまで来て」


「私、西岡麗亜の母です。晴翔君と息子は同じクラスなんですよ」


「はあ。で? なに?」


 毒島は頭をかきながら苛立ち始めた。


「あんたの息子にね、ウチの麗亜がいじめを受けたのよ。おかげで不登校になっちゃってね。親としてどう思うのかと思ってね」


「晴翔がいじめ?」


 毒島は細く整えられた眉をひそめながら真珠を睨み返した。


「そそ。被害者は麗亜だけじゃないのよ。クラス全体があんたの『バカ息子』のせいでおかしくなっちゃってるのよ」


「バカ息子だとぉっ!?」


「そそ。クラスの中に『組織』みたいなものも作って『幹部』とか『鉄砲玉』とか手下を作ってお楽しみのようなのよ。まるで親の真似事をして遊んでるみたいよね?」


「へえ」


「で、そのバカ息子に『厳重注意』してもらいたいわけ。『いじめをやめろ』って。そして、親であるあなたにも麗亜に謝ってもらいたいわ。それを言いに私はここへ来たの」


「そうですか。お引き取りください。うちの息子はバカではないし、いじめなんてしてないので。はい。帰って」


「毒島ぁ。もう話は終わったのか?」


「はい」


「じゃあ、次はこっちの番だ。さぁて、玄関の弁償代500万だが……」



 ブチブチブチッ!!



「なんだっっ!?」


 真珠は後ろに縛られていた手首の結束バンドを引きちぎった。そしてソファーから立ち上がった。


「はぁ、毒島さん。『子は親の鏡』って言葉 知ってる? 私はね、怒っているのよ。しょせんそんな態度しか出来ない『クソ野郎』だと思っていたわ」


「てめぇ! 女だと思って優しくしてやってんのが分からねぇのか? いい加減にしねぇと痛い目……」


「痛い目を見るのはよ」


「?!」





 バギャンッッ!




「うわぁぁあーっ!!」


 真珠は毒島の膝を蹴りでへし折った。


「なっ!? なんなんだ!? こいつ!? やっぱり武闘派かっ!?」


 その場の大の男5人は慌てふためいた。


 カチッ


「ふぅぅ……」


 そんな男たちの前で真珠はゆっくりとタバコに火をつけた。


「いってえぇっ! てめぇ! なにもんだよっ! 素人じゃねぇのか?!」


 ボウッ! パラパラ……


 タバコを命の炎で灰にして、西岡真珠は言った。




「ただの母親よ」



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