第62話 ピンクレディ

 麗亜が不登校になり1週間が過ぎた。


「真珠、麗亜の具合はどうだった?」


 夫、浩史ひろふみは今日、真珠に自分の知り合いの精神科医に息子を診てもらうように頼んでおいたのだ。


「鬱状態だって。一体なにがあったのかしら。全然話してくれないんだもん」


「いじめじゃないのか? 単純に考えると、だけど」


「いじめ? なんで麗亜みたいないい子が、考えられないわよ」


「確か、いただろ? 反社の息子が麗亜のクラスに。決めつけるのもなんだが、以前から悪い噂は聞くし、違うかな?」


「は、反社の息子か。いたわね。毒島ぶすじまとかいう……」


「とにかく麗亜の回復が最優先だ。学校なんて無理に行かせる事はない。事情も落ち着けば徐々に話してくれるだろう。真珠、あまり事を荒立てない方がいいかも知れない……」


「本当に毒島のいじめだったら、面倒くさい事になりかねないから?」


「反社とは関わらないのが一番だよ。麗亜には転校やフリースクールの話をしてもいいかも知れないよ」


「そ、そうね。反社はやばいよね」



 真珠は麗亜を今のような状態にした人間が本当にいるのなら、例えそれが反社会勢力の息子であろうとも許せはしなかった。引っ叩いて説教の一つもしたいところだった。とはいえ、変に因縁をつけられて攻撃されるのも困る。


 なぜ反社会勢力なんてものがこの世に蔓延はびこっているのか? なぜそんな組織が壊滅されないまま『令和』になっているのか? 真珠がずーっと思っている疑問である。


(あの人たちは何をやっているの?いい歳こいて極道とか言ってかっこつけちゃってさ、ダサすぎる。恥ずっ!)


(ただの中二病だっちゅうの! 私が鬼殺隊きさつたいだったら絶対にやっつけてやるのにな……)


 そう常日頃つねひごろから思っていたのだった。


 麗亜の具合が回復する事なく2ヶ月が過ぎようとしていた6月のある日、西岡真珠はパート先のスーパーで1人の少女に声をかけられた。



「あの……」


「はい! どうなさいました?」


「今、具合い悪くないですか?」


「えっ? 今は大丈夫、だと思いますけどぉ。なんでかな?」


「私には分かるんです」


「えっ? 何が分かるのぉ?」


 その少女は真珠のネームプレートを見て言った。


「西岡さん、私は別にからかってる訳じゃないんです。近いうちに病院で検査を受けて下さい。病気です」


「私がっ? 病気!?」


「で、これ。検査結果が分かったらこちらに連絡して下さい。私の連絡先です。よろしくお願いします」


「あなた何者? 本当に?」


「違ったならそれでいいんです。でももし、病気だったら是非私の話を聞いて欲しいんです」


「お、OK。じゃあ早めに病院でくまなく調べてもらってくるよ。確かに最近疲れやすくて体調がすぐれなかったのよね……」


「そうですか。よかったです、あなたが素直に話を聞いてくれる人で」



 翌日、早速 真珠は病院で検査を受けた。後日、結果を聞いて驚いた。『悪性リンパ腫』余命4ヶ月。


『青天の霹靂』


 こんなドラマみたいな事があるのかと力が抜けて涙が出た。今のような状態の息子を置いて自分はこの世を去らなくてはいけない。こんな事があっていいのかと運命を呪った。


 真珠はそんな中、少女にもらった電話番号に連絡を入れた。一体なんの話があると言うのか? 謎だった。



『もしもし。風原です』


「もしもし。先日の西岡です。病院行ったよ。私、4ヶ月で死ぬんだって」


『やはりそうでしたか』


「なんかさ、この前のああいうのって早期発見で助かるってパターンだと勝手に思ってたよ。まさか死の宣告を受けるなんて……」


『西岡さん、あなたに会ってほしい人がいます。私の父なのですが病を治せるんです』


「私の病気を? 治せるの?」


『はい。でも、余命は変わりません。ですが病気を治すのと同時に凄い力を得る事ができます』


「な、なにそれ? バカにしてるの?って言いたいとこだけど、病院に行って病気が見つかった時点で、私はあなたの事 信じてるわぁ」


『その力……使って西岡さんは人、殺せますか?』


「人を殺すぅ!? そんなんできるわけないじゃないっ!! で、でも、いるっ! 殺しても構わないような奴らっ! 反社会勢力っ!」


『そうですか。では、我が家に来てもらいます。いいですか?』


「いいわ。息子の為にやれる事はやる。それが母としての『最後の務め』だわ。善人が辛い思いをする、隅に追いやられる、そんな世の中 絶対に許せないもの……」



 そして、西岡真珠は風原家に行く事となったのだ。



「どうも。アンティキティラです。娘の美咲から話は聞いています。私はあなたの病を治せます。そして『力』を与える事ができます。よろしいですか?」


 そこには色白のスラリとした青年がいた。この美咲という子の父親にしては『若いな』と思ったが聞いてみれば年齢は50歳だという。


 そして、病を治せると言い切るその男の目に嘘はないと真珠は全身で感じていた。力も与えられるという彼の右腕には、全体に精巧な歯車のタトゥー。その右の手を握るだけで事は済むのだという。


「あなたのそのタトゥー、イカしてるわねっ♡』


「そうですか? この歯車にその力が宿っているんです。では始めましょう」



 ギュ……





 ガチンッッ!



 ガタガタガタガタガタッ!


 ギリギリギリギリッ!


 ガタガタガタガタガタッ!


「な、なんでっ!? タトゥーが回り出したわっ!!」


「アンティキティラの力っ! 西岡さんに届けえっ!」



 ガタガタガタガタッ!!






 ボボォンッ!


 ブアァァァボォォォッ!!










「うわぁっ! 何これっ!! この炎っ! 体が生まれ変わる感覚っ!」


 真珠の体は黒い炎に包まれ、髪はピンク色に変色した。


「ピンクの髪! 激しくかわいい!」


「ピ、ピンク……?」


 真珠はバッグからコンパクトミラーを取り出して自分を見た。


「えぇー!? あ、頭がっ! まっピンクぅー!!」


「す、すみません、西岡さん。どうしてもこの力を与えると髪色が変化してしまい……」


「うん! かわいいっ♡」


「えっ!?」


「まぁ、私もともと可愛いから更に可愛くなっちゃったわね! 『ピンクレディ』ってやつ? ちがうかっ! あはははっ♡」


 真珠は溢れてくる力を感じながら、ひとつの考えを巡らせていた。

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