第23話 薄羽陽炎

 アンティキティラの戦闘用コスチューム。その名はブラック・セラフィム。命名はイバラだった。やはりアイドルグループの産みの親。ネーミングセンスは抜群だった。


「それでは今夜は解散。明日の午後4時。またここに集まって下さい」


「天使イバラ、了解でーすっ!」


「黒宮、了解です」

(うちには帰れない。どうしよ)


 うつろな藤花にイバラはすぐに気がついた。友達をフロッグマンに惨殺され、マンションの高層階から躊躇ちゅうちょなく飛び降りた少女。


 アンティキティラの力を得て、だいぶ落ち着いたようには見えたものの、今の表情を見る限り、他にも事情をかかえている様にイバラは感じた。根掘り葉掘り聞くつもりはない。ただ、側にいてあげるべきだと。


「藤花、うちに帰りたくないなら私と一緒に来る?」


「ええっ? イバラちゃんの家にぃ?

 と、泊まってもいいの?」


「残念。私の家はちょっと遠いの。実は今日、もう1件『仕事』も兼ねて行く家があってね。そこに泊めてもらおうと思ってる」


「仕事も兼ねて? ブラック・ナイチンゲールの?」


「正解。まっ、最後の人間相手の仕事ってわけ!」


「やるんだ。もうひとり」


「この力を得る前から、ぶっ殺したかった鬼畜がいるのよっ!」


「き、鬼畜ぅ?」


 2人はトイレを済ませて玄関へ。アンティキティラと美咲が見送る。


「じゃあ、アンティキティラじゃなくて、正男さんっ! おやすみなさい! 美咲も明日ねっ♡」


「はいはい。どーせ正男ですよ。普通ですよ。おやすみなさい」


「イバラさん、おやすみなさい。藤花さんも明日までに、赤い髪の『能力』と紫のみことの炎のをちゃんと把握してきてね」


「わ、分かったよ」

(能力? 特性? ふええ……)


「じゃあ、行こ。藤花」


「うん」


 こうして、アンティキティラこと風原正男の家を後にした2人は、再び軽トラに乗り込んだ。



 ブブブゥゥウウゥ─────ン!!













「イバラちゃん、やっぱりその人も殺すの? 抵抗はないの?」


「逆に聞くけど、藤花は今まで、誰も殺したいと思ったことはないの?」


「そ、そんなことある訳……」


 そこまで言って思い出した。


 小学6年の時のあの出来事を……






















『方舟菌!』
































『方舟様はうんこするのか?』





































『方舟様の趣味は金儲けだろ?』

































『あの男子に天罰を与えてください。私はもう我慢できません。許せません。方舟様をあんなにバカにするなんて……』























































「はあっ!……はぁ、はぁ、はぁ」


「おいーっ! 大丈夫っ? ちゃんと息してよーっ!」


「だ、大丈夫だよ。はぁ、はぁ」


「藤花もあったっぽいね」


「で、でも! 殺したいとかそこまではっ!」


「人を憎む、恨むに大小はないよ」


「そんなものかなあ?」


「人は人を殺せる。杏子ちゃんを殺したのが人間だったら? 首を切り裂き、体を犯されてたとしたら? 藤花は確実にその人をターゲットにしていたはず。違う?」


「……かもしれない」


「さらに、人の恨みは知らない間にかってることもある。さっきの家賃滞納者は、って言ってたじゃん?」


「うん」


「依頼してきた大家さんからしたらね、大事なお金だったんだよ」


「うん……」


「そのが殺意をいだかせた。警察じゃなくて、ブラック・ナイチンゲールを選択したんだよ」


「でも、殺人なんて肯定できないよぉ……」


「藤花の頭の中は、法律と理性がありすぎなんだってばっ!」


「ありすぎって……」


「私はこの力を得てから、その辺はある意味、すててるしね!」


「完全に『必殺仕事人』だね」


「ちがーう! 『ブラック・ナイチンゲール』って言ってよ」


「そ、そうでした」





 ブゥンッ!


 ブブゥゥッ────ンッ!!






「いま向かってる家の人ってイバラちゃんの知り合い? 泊まるって言ってたけど」


「驚かそうと思って黙ってたけど、どこに向かってるか、聞きたい?」


「えっ? 驚かす? じゃあ聞かないでおこうかな」


「君も知ってる人の家なのだよー」


「え〜!? 私が知ってる?」


「もう少しで着くよ」


「うん」




 しばらくして着いたのは、9階建てのマンション。依頼者の部屋はその6階だった。


 ピンポーン


『はい』


「イバラ参上ーっ!」


『今開けるねっ!』





 ガチャン


 キイイッ







「おまたせ。少し遅くなっちゃった」


「ありがとう。イバラ、来てくれて」




 藤花は出てきた人物を見て驚いた。さらに、興奮も抑えられなかった。




「こ、こ、ここって、薄羽うすば陽炎かげろうニイナちゃんち〜!!??」

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