第21話 ブラック・ナイチンゲール

 あとふたり、アンティキティラの力をもらった仲間がいる。美咲が言った35歳の主婦と74歳のエロジジイ。藤花はエロい人が非常に苦手だ。


 そんなエロジジイと対面する前に、藤花はアンティキティラにどうしても確認したいことがあった。


「明日、その2人にもここに来てもらいます。それぞれの仕事も片付いていると思うので、ゼロワールドにどう立ちむかうか、話しあいましょう」


「あの〜」


 藤花は小さく手をあげた。


「黒宮さん、どうしました?」


「ひとつというか、いっぱいなんですけど、お聞きしたいことがあります」


「なんですか?」


「まず! お仕事って? ひ、人を殺すことなんですよねっ?」


「そうですね。はい」


 藤花のテンションに相反して、冷静かつ、穏やかな表情のアンティキティラ。注いだビールを口に運ぶ。


「アンティキティラの力を使って人を殺してるのは、なんでかなぁと……」


 藤花のもっともな疑問に、美咲が力強く立ち上がった。


「それは私が言います。藤花さん」


「み、美咲ちゃん? うん、教えて」


 美咲は、小さなかわいい拳をぎゅっと握った。


「アンティキティラの力の凄さは、藤花さんも激しく理解できましたよね?」


「うん。すごい力だよね」


「でも余命は変わらない、数ヶ月後、死ぬことに変わりはない。それは、藤花さんも感じてますよね?」


「うん……」


「だったら私は残された時間を、この世の為に使いたいと思ったんです」


「この世の為に?」


「そう。この尋常じゃない力を使って、苦しんでいる人を1人でも多く救いたいって!」


「そ、それで、お仕事?」


「この世の中には自分のことしか考えない、他人の痛みが分からないバカがけっこういる!」


「分からなくはないよ」


「私はそういう人間をこの世から抹殺したいタイプの人間なんです!」


「そういう漫画も読んだことあるよ」

(デスノートとか、そうだよね)


「それを、この力を使えば実現できる! 私は死ぬ前に夢を叶えることができる! そう、激しく思った!」


「それで?」


「警察にだって捕まらないし、どうせじきに死ぬんだし、怖いものなんてなかった。そして私は『闇サイト』で活動を始めたんです!」


「活動?」


「殺すに値する人間がいたら殺しますよって書きこんだら、激しくメールが来る来る。世の中にクズは腐るほどいたわけです」


 それを聞いた藤花は、エロジジイのときとはひと味ちがう一抹の不安をおぼえ、息が止まりかけた。


「大丈夫なの? そんなメール簡単に信じて。じっさい罪のない人を殺してしまったり、なんてことはないのっ?」


「それはありえません。私の『髪色の能力』! それは『見抜く力』!」


「髪色の能力?」


「あっー! 藤花にはそれ言ってなかったよね?」


 イバラは美咲の後ろに立ち、やわらかい深緑の髪を両手でもふもふした。


 もふもふっ♡


「わ、私のこの『深緑しんりょくの髪』には人の善悪を見抜ける能力があるのですっ! イ、イバラさん、あ、遊びすぎっ……♡」


「善悪を見抜くっ!?」


「アンティキティラの力を与えるにふさわしい人かも分かります。激しく、いちばん最初に力を手にした私の役目なのかも知れないですね」


「そっかぁ」


「なのでアンティキティラの力を与える人物は最終的にすべて、美咲に選んでもらっていたんですよ」


 アンティキティラが柿ピーを口に放り込みながら補足した。


「なるほど」

(ただ単に、美咲ちゃんがかわいくて従ってたわけじゃなかったんだね)


「悪者にこんな力をやるわけにはいかないってことよね。私はどう考えても善人だもんね♡ よかったーっ!」


 むぎゅ♡


 イバラは美咲に抱きついた。


「じゃあ、悪人もその能力で選別して……こ、殺してたんだー?」

(美咲ちゃん! うらやましいんですけど……)


「だから、根っからのクソだけを激しく抹殺できるんです。間違えていい人を殺すことはないんです!」


「そ、それを手分けして、みんなでやってるってことなの!?」


「激しく、そういうことです」


「そ、そっかぁ……」

(きっと、更生の余地なし的な人だけを殺してるんだね。いやいやいや、それでもだめじゃない!? デスノートでもそう言ってたよ、L)


「美咲に選んでもらったお礼で、私はブラック・ナイチンゲールやってるよん。死ぬまでずっと動けないと思ってたもん」


「わ、私は激しくイバラさんのファンだったし。多少悪い人だったとしても救いたかった……かな」


「本当っ? ありがとう! 美咲♡」


 藤花は美咲に熱い視線を向けた。


「美咲ちゃんもイバラちゃんのファンだったのー?」


「藤花さんもっ? あの下戸げこ九条くじょうのライブでイバラさんのメッセージ聞いたら、いてもたってもいられなくなって、激しく連絡をつけてもらったんですよ!」


「あのライブに美咲ちゃんもいたんだねっ!」


「激しくいましたよーっ!」


「ほんまに助かったわあ♡」


 ぎゅうっ♡


 イバラは恩人の美咲を、後ろからさらに思いっきり抱きしめた。


「ぐえっ♡ で、他の2人も私の考えに賛同してくれて、ブラック・ナイチンゲールに加入してくれたんです」


「主婦とエロジジイが?」


「そうなのですっ! 私の夢だった悪人掃討そうとう集団っ! 『ブラック・ナイチンゲール』が、激しく爆誕したわけですっ!」


「そうそう! ブラック・ナイチンゲールの名の下にーって、イバラちゃん、お仕事のとき言ってたよね?」


「言ってたよん」


「フローレンス・ナイチンゲールと言えば、近代看護教育の母だよ。殺人とは無縁の存在……あっ! だからブラックなの?」


「そ、そうですけどっ! な、なんか文句あります? ダサいとか思ってます?」


「文句ありません……ダサくもありません。絶対」


「本当は激しく藤花さんにも入って欲しかったけど、もう世の中そんなレベルの状態じゃなくなったっぽいし」


 美咲はせっかく叶った夢があっさり打ちくだかれたような複雑な気持ちだった。藤花はそんな美咲に新たな目的を提案する。


「美咲ちゃん!『腐神掃討集団ブラック・ナイチンゲール』でどうっ? よくない?」


「藤花ナイスっ! 少女の夢は大事にしてあげないとねーっ!」


「じゃ、じゃあ、それでいこうかな」


 藤花は立ち上がり、決意を新たにイバラと美咲と固く手をつないだ。


「私たちブラック・ナイチンゲールはっ! 絶対に腐神を倒して世界を救うぞーっ!」


「おーっ!」

「おーっ!」


「まったく君たちは、緊張感がないですねぇ。ははは……」


 

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