第3章 カルト教団

第13話 アンティキティラ

 ポタッ、ポタッ!


 イバラの右手から、家賃滞納3年、若村和也の鮮血がしたたり落ちる。


 家賃が払えないと分かると同時に、腹を拳で打ちぬいて抹殺。これをイバラは『仕事』だと言う。


「イバラちゃん。こ、これが仕事?さ、殺人だよっ!」


「そうだね」


「逮捕されちゃうよっ!」


「されない」


「殺人は犯罪だよっ!!」


「知ってる」


「じゃあっ! じゃあ、何でっ!?」


「ここで話そうか?」


「教えてよ! 全部! なんなの? 色々まったく分からないっ!!」


「じゃあ、まず……」


 イバラは臆することなく、血で真っ赤に染まった右手を藤花に見せる。


「これが『アンティキティラ』の力でめざめた私の『みことの炎』っ!!」


 ボッボオオオオォォッ!!


 血まみれの右手から、美しい青い炎が燃え上がった!


 ジュウウゥゥゥッ!!


 それと同時に、まとわりついていた血液が蒸発して消える!


「なんなの、それっ? 火?」


「そう。でもただの火じゃないの」


 ブアッ!!


 ボォォォォッ!!


 イバラは手をかざし、青い炎を若村に向け放出。その炎は死体を燃やすことはなく、逆に凍りつかせた。まったく常識とは異なる光景に、藤花は自分の目を疑う。


「ええっ? 火で凍ってる!?」


「はぁぁあっ!! 砕けろッ!!」


 ガッシャ────ンッ!!


 氷と化した若村は、イバラの一言でパラパラと雪のように砕け散った。蒸し暑かった部屋が一瞬すずしくなった。


「これが私のみことの炎『ブリザード』……燃やす、凍らす、自由自在にあやつれるの」


みことの炎……?」


「『アンティキティラ』に、あなたも会うべきだと私は思う」


「アンティキティラって人なの?」


「アンティキティラは不思議な力を持っている人。私が元気に動けているのも、その人と出会えたおかげよ」


「イバラちゃんのバミューダ病、完全に治ったの?」


「バミューダ病は、治った」


「バミューダ病は? 他に何かあるの?」


「余命は半年のままなの」


「えっ? なにそれ?」


「アンティキティラはその力で病を飛ばせる。そして、余命が短ければ短いほど、より強い力を与えられる」


 藤花は推しのアイドル天使イバラの命が、完全に救われていないことに力が抜ける。


「病気は治っても、余命は変わらない。その引きかえの力なんだね。なんか微妙……」


 イバラは凹む藤花の顔を、アイドル100%のスーパー・スマイルで覗きこんだ。


「さっき私があなたに上物って言ったのは、余命3ヶ月でアンティキティラに会えば、今の私以上のすんごい力をゲットできちゃうってことなの♡」


「イバラちゃん以上?」


「黙って闇雲病に侵されながら死を待つか、アンティキティラに会うか、悩む必要なんて、なくないっ?」


 イバラ以上の力。


 今の藤花にとってその言葉は、まちがいなく魅力的だった。 


「力が欲しい。あのカエル野郎をぶっ飛ばしたいもん。杏子ちゃんをあんな目にあわせた、あのカエル……!」


「あのカエルねー、逃げ足はやくて、あっという間にいなくなっちゃったからね。しとめ損ねちゃった」


「私、アンティキティラに会いたいかも。うん、会いたい!」


 イバラは優しく藤花の手を握る。


「これもなにかの縁だね。あの時はファンレターありがとう。嬉しかったよ」


「えっ? あの時のこと覚えててくれたの? それに手紙もちゃんと読んでくれて……」


「あたりまえじゃん! 大切なファンの思いを読まないなんてアイドル失格だもん。ね、黒宮藤花さん♡」


 イバラのその笑顔、正に天使。


「し、信じられないっ! うわぁぁぁぁ〜ん! ぐずんっ!」

(涙が止まらない。これじゃ、天に昇れなくなっちゃう。方舟様、こんな出会いは反則ですー)


 藤花のその涙は、生きる希望の輝きに満ちた宝石のようだった。


「ちょっ! そんなに泣かなくてもぉ! あははっ! 鼻たれてるってばーっ!」


 2人は前世から繋がっているかのように、運命的に出会った。

 

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