第12話 お仕事

 ガタンッ……


 エレベーターの扉が閉まり、最上階の15階へ向け上がってゆく。


「お仕事って、アイドル関係の?」


「ううん。全然ちがうよ。今から行く部屋の男がね、家賃を3年も滞納してるの。だから殺しにきたんだー」


「へぇ。殺しに……えぇっ!?」


「ホント、あなたは運がよかったよ。私がこのマンションの仕事に来てなかったら、今ごろ脳ミソぶちまけて死んでたよー!」


「は、はぁ……」

(こ、殺すってホント? でも昼間のフロッグマンを蹴り飛ばしたあの力。人間レベルじゃなかったよね? 記憶が少し飛んじゃってるけど)



 ガタンッ……



 イバラはエレベーターを降りて、きょろきょろと目的の部屋を探す。



「さてと。1506……1506……あっちかな?」


 藤花は黙ってイバラの後について行く。




「ここね、不届き者は」


「いる……の?」


「う〜ん、どうだろぉ?」


 そう言うと、イバラは玄関のドアの取手を持って、鍵を開けるどころか、そのままドアを引っぱり開けた!


 バキャアッ! ガリガリィッ!


「なっ! なにっ!?」

(こんなドアの開け方見たことない! 鍵も開けないっ、ドアノブも回さないって! 開けるというより外したって感じだよ! やっぱり今のイバラちゃんは普通じゃない!!)


「ごめんくださーい。3年滞納の若村さ〜ん。いますか〜?」


 臭いっ! 汚いっ! 暗いっ!

 

 3Kの部屋の中へ、イバラは靴を履いたまま入って行く。


 ガサッ! ガサッ! ガサッ!


 弁当の容器、ペットボトル、空き缶、週刊誌。床が見えない程に積み上がったゴミの山を、イバラは蹴散らして進む。その後に続く藤花は、鳥肌が止まらなかった。


「テレビで見たことはあったけど、実際に見ると、お、おぞましすぎる。うっ、臭っ」


「おっ! いるじゃん。若村」


 1506の住人、若村わかむら和也かずや。ヘッドホン装着でお楽しみ中だった。


「きゃっ!」


 藤花は初めてみる男の自慰行為に驚き、慌てて両手で目を覆う。


「さてさて……」


 そう言ってイバラは躊躇うことなく、部屋の照明を付けた。


 パチッ!


「うおおおっ????」


 若村はびっくりして、ボクサーパンツを一気にへそまで上げた。そして、乱暴にヘッドホンを外して立ち上がった。


「お前ら、誰だよっ!? 勝手にひとんち入りやがって!! しかも俺の恥ずかしい所まで見やがったなあっ!」


「はい、間違え。ここはもうあなたの家ではないの。3年の家賃滞納。計3,096,000円を今すぐ払ってくれたら、出て行ってあげてもいいわよ♡」


「や、家賃だとっ!?」


「ええ。大家さんからの依頼でね。あんたを殺しに来たって訳なの」


「殺しにっ!? ははは。たかが家賃滞納ぐらいで殺されてたまるかよ。来月払うから。なっ? 待っててくれ」


「今すぐは払えない?」


「払えるか、300万なんて! 帰れ帰れ!! うっとおしい!」


「ふーん。分かった」


「はいはい。さいなら。ったく!」







「『ブラック・ナイチンゲール』の名のもとに、天使あまつかイバラ! あんたを処刑するッ!!」


「ブラック? なんだってぇ?」


 若村が振り向いた瞬間だった。





 ズボォァッ!!




「ひぃぃっ……!」


 藤花の目の前で起きている惨劇。


 それは、イバラの拳が若村の腹部を貫通しているという異常事態。


「ああっ、がぁ! ぶぁあっ」


 若村は大きく口を開けて、苦しそうに呼吸をしていたが……止まった。


 ズボンッ!


 ビシャビシャッ!


 イバラが腕を腹部から引っこ抜くと、大量の血がゴミだらけの床に流れ落ちた。若村和也はゴミに倒れこんだ。



 ガッサァ……!!



「ふう。お仕事おわりー!」


 イバラの右手は、血で真っ赤に染まっていた。

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