第10話 天罰

 藤花はゆっくりと立ち上がり、部屋着のまま、裸足で歩きだした。


 あたりは少しずつ暗くなり始める。頭の中では、こびりついた衝撃的な映像が、ただただ繰りかえされた。


『頭のない杏子の死体』


『フロッグマンの眼球』


『金髪の美女の姿』


『方舟様の神棚を破壊する自分』


『鬼の形相の母』



「私は、どうすれば、私は、どうなるの? 誰か、助け……」


 手足の力が抜け、意識朦朧もうろう。呼吸もしにくくなる。



 バタッ……



 藤花は道ゆく人の中、意識を失い、崩れるように倒れた。



「おいっ! 君っ! 大丈夫かっ!」


「救急車ーーー!!」










 黒宮藤花は救急車で搬送された。


 裸足の17歳の少女は、完全に自分を見失ってしまった。







 どのぐらい時間が経ったのだろうか。藤花は病室のベッドの上で目を覚ます。



 白い天井、クリーム色のカーテン、

 家とは違う匂い、他人の声。


 本来ならば、落ち着かないはずの病室。今は心が安らぎ、居心地がいい。


 右腕には点滴の針が刺さっていた。点滴の液も残りわずか。もうすぐすべてが体内に落ちきる。


 10分ほどして、看護師がやって来た。


「あっ! 大丈夫? 目を覚ましたのね」


「はい。大丈夫です」


「今、先生を呼んで来ますから」


「はい」



『帰りたくない』藤花が真っ先に思ったのがそれだった。


 また10分ほどして医師が現れた。眼鏡にひげ、少し恐そうな雰囲気、それと忙しいのか面倒くさそうな表情をしている。


「えーっと、君、名前は?」


「言いたくありません」


「えっ!? ちっ! 住所は?」


「言いたくありません」


「君! 親がいるだろッ! 連絡先を教えなさいッ!」


「いません」


「はあ!?」


 完全に医師はイラついている。


 親に連絡なんてして欲しくない。藤花は、今の自分の行動が非常識なことは、十分承知していた。それでも、なんとか素性を隠したまま、病院ここを立ち去りたかった。


「あっそ! 親がいないのか! じゃあ、君に直接いうしかないねッ!」


「なんですか?」


「君ね! 血液調べたら闇雲病やみくもびょうだった。もって3ヶ月ね。残りの人生、ちゃんとエンジョイして! 若いんだからっ」


 その医師がいらつきながら言ったその言葉が、冗談なのかなんなのか、藤花はさっぱり理解できなかった。


「あの、それは私はあと3ヶ月で死ぬ、ということですか?」


「そう。だから悔いのないようにやりたいことをやるんだ。そういう意味だよ。分かったかな? 闇雲病はしばらくすると目が見えなくなってしまうんだ。だから1日、1日を大事にするんだよ」


 医師はいらだちを抑え、藤花に諭すように言った。


「私が余命3ヶ月?」

(これって方舟様の神棚を壊した天罰? やっぱり方舟様はすごいよ。あはは……)




 


 医師は面倒だったのか、察してくれたのか、落ち着いたらちゃんと親にも話をするようにと念をおすと、裸足だった藤花にサンダルを用意し、帰宅の許可を出した。


 深々とおじぎをし、礼を言って藤花は病院を後にした。


 再び力なく歩き出したものの、やはり方向は家とは逆。もう、藤花の行き先はひとつしかなかった。


「杏子ちゃんの所に行く……」

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