第9話 破壊

 藤花は髪を乾かしながら思っていた。


『なぜ、方舟様は私達を救ってくれなかったのか?』


 杏子あんこに至っては死んでしまった。頭を食いちぎられるという残酷な最期。


「なんでよッ……!!」

(私たちの信仰心が足りなかった!? そんなはずないっ! 毎日欠かすことなく決められた時間祈りを捧げていた。死ぬなんてありえないっ!)




『人を救うのは人なのっ!!』



『神様なわけないじゃんっ!』




「うっ、うぅっ……」

(頭が痛いっ! あの人の言葉で脳がゆれているみたいだよ!)


「はぁっ! はあ!」


 藤花は髪を乾かし終えると部屋着にきがえ、方舟様の神棚のある和室へ向かった。



「方舟様……」



 物心ついた時にはもう手を合わせていた。毎日、毎日。来る日も、来る日も……


 教えも守った。


 決められた物を食べ、飲んだ。男子には触れなかった。学校でなにを言われても守った。


 涙も流さなかった。


 常に赤を意識して生活に取り入れた。


 下着だって赤にした。


(あの日、方舟様は私の願いを聞き入れてくださった。そして、あのバカな男子は両足を失った。あの時、私は『選ばれた存在』だと思った。なのにっ!!)



「なんでッ!! 杏子ちゃんを殺すんだよぉッーー!!」



 ガッシャーーッン!!!



 藤花は神棚にのっている物を、次から次へと部屋の壁に投げつけた。


「うわぁぁあーーっ!!!!」


 その破壊音と叫び声を聞いて、母が血相けっそうを変えて和室へ飛び込んで来た!



「なにをやっているんだあぁぁ!! バカ娘がぁぁあ!!」


 鬼の形相ぎょうそうと化した母は、藤花を抱きかかえるように持ち上げると畳に投げ飛ばした。


「杏子がっ! 杏子が! 死んじゃった! 杏子がっ! 杏子がっ!」














「だから?」










「……えっ?」






「だから、方舟様にこんなことをしたのですか? そんなことで?」


「……えっ?」


「人は皆、死ぬのよ。許せないわ。方舟様にこんなことをして……」


「杏子だよ? 百合島ゆりしま……」













「出て行きなさい。あなたはもう娘ではない」




「……えっ?」

















「出てけぇぇええっ!! このッ! 外道げどうがぁぁっ!!」






 母は畳に座りこむ藤花の襟元を強く引っぱって、ひきずるように玄関まで連れていった。


「やっ、やめてっ!」


「さっ! 出て行きなさい!」


 母は玄関を開け、押し出すように藤花を外へ突き飛ばした。


「わっ……」


 ズサッ


 藤花は力なく倒れ、地面に両手をつきうなだれた。



「あなたのしたことは死に値するわ。頭を冷やしなさい」



 ガチャ!


 玄関の鍵が閉まる音がした。




「終わった……」



 感情が高ぶっていたとはいえ、自分のしてしまったことの重大さは自分が一番分かっていた。


『方舟様の破壊』



「んはぁっ……」


 藤花は涙を流しながら、もうこの家には戻れないと思った。

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