第3話 百合島杏子


 彼女の名前は百合ゆりしま杏子あんこ


 栗毛色のセミロングの髪が、かわいらしさをより引き立てる。杏子も藤花と変わらず背が高く、169センチ。そして彼女も『永遠とわ方舟はこぶね』の信者なのは言うまでもない。


 ふたりは子供のころから『永遠の方舟』の集会で会って遊んでいた仲だった。初めて会った時から2人の間に壁はなく、特別な存在になるのに時間はかからなかった。


 互いが磁石のSとN、植物と水、パズルの最後の1ピースだった。


 そして中学2年の2月14日、藤花と杏子はキスをした。互いのファーストキスだった。


永遠とわの方舟』の教えで、ふたりは20歳になるまで異性にふれることは禁じられている。しかし、ふたりとも異性にはまったく興味がなかった。奇跡的に双方レズビアンだったのだ。


 ふたりが互いの体を求めるようになるのに、たいして時間はかからなかった。放課後や休日は、心ゆくまで女同士のSEXを楽しんでいた。


「杏子ちゃんのあそこの形、かわいい♡」


「藤花の脇汗、おいしい♡」








 黒宮藤花と百合島杏子。2人とも実に美しい。すれ違う男たちがついチラ見してしまうほどだ。


 藤花はロングの黒髪をなびかせ、杏子に駆けよった。


 本当はその場でキスしたいが、駅の周りには学生、OL、サラリーマン。さすがに無理だ。毎朝この衝動を抑えるのに、藤花はなかなか苦労していた。


 杏子もセミロングの髪をゆらし、藤花に駆けよる。


「藤花、今日も蒸し暑いねー」


「セミも鳴き始めてきてうるさいし、夏は嫌いだよ」


「でも、ついに今週末だよ」


「うん。久しぶりの『まんさく』のライブ。イバラちゃんに会える。またツーショットチェキ撮るもんね!」


 藤花の言う『まんさく』とはたいして売れていない地下アイドルグループ

満開まんかいのSAKURA』のことである。


 半年ほど前から藤花は『満開のSAKURA』にハマってライブにも行くようになった。もちろん杏子にそのことはすぐに話した。


 すると杏子も『まんさく』を気に入り、一緒にライブにも行くようになったのだ。


 アイドルのライブ、男でごった返していて『永遠の方舟』の教え『20歳まで異性に触れてはならない』を破ってしまうのではないか? 


 そう心配したのだが、男女で応援するスペースが分かれており、心配無用で応援できた。


「藤花のイバラちゃん愛はハンパないからね。またファンレター渡すの?」


「渡すに決まってるでしょ。はぁ♡ かわいい、そして美しい。あっ、でもでも、私にとっては杏子ちゃんが一番だからね!」


「え? どうだか……」


「もおっ、本当だってばあっ!」


 藤花の中で杏子は最強で最高のパートナー。将来のこともちゃんと考えている。


 誰になにを言われても、杏子に肯定してもらえたら怖いものはなにもない。藤花にとって杏子は体の一部。心臓の鼓動そのものと言っていい。


 プシュー、ガラガラッ


 ふたりは笑顔で電車に乗りこんだ。

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